1999年2月25日

国際的に通用するエンジニア教育検討委員会
 委員長 吉 川 弘 之 殿

社団法人 日本建築学会
会長 岡 田 恒 男

「日本技術者教育認定制度(案)」に対する日本建築学会の意見
拝啓
ご依頼のありました「日本技術者教育認定制度(案)」に対する意見を別紙のようにとりまとめましたので,ご検討いただきますようお願い申し上げます。

敬 具


「日本技術者教育認定制度(案)」に対する意見

社団法人日本建築学会

(1)「日本技術者教育認定制度(案)」の基本的な理念について

 わが国の工学教育は,明治初期の創始以来,国家社会の歴史的な展開のなかで独自の発展を遂げてきたものであるが,国際的な流動が普遍化するとともにその顕著な特異性が明らかとなり,特に,今日,プロフェッショナル教育という視点からの制度的・組織的な改善が必須の課題であるという点で,日本建築学会は貴提案と認識を共にしており,「日本技術者教育認定機構」の設立への関係各位のご尽力に敬意を呈し,これに積極的な賛意を表するものである。
 本会は,これが現下の国際環境において制度的に国際的な整合性を具備するための喫緊課題であることを十分に理解しているが,さらにこれを実質的な意味で教育の内容充実と有効性の向上に役立つものにするために,教育関係者が次世代育成のための組織的な教育機能の確立に努力を傾注することが国家的な重要課題であると認識しており,この面における施策の展開を貴提案制度の実施と併せて進められることを希望する。

(2)わが国の建築の「資格と教育」をめぐる問題点について

 わが国の建築教育には他の工学分野と異なる特殊な事情があり,貴案を適用するためには,いくつかの条件の整理が必要である。

2-1)わが国の建築教育と関係資格の特殊性について

 わが国における建築教育は,1877年の工部大学校造家学科の発足以来一貫して,一学科一課程のなかで芸術的要素を重視する建築デザインの領域と建築構造・設備・材料施工等の技術的領域を総合して行われてきており,1950年成立の建築士法による建築士業務資格も建築関連全領域を対象としたものである。一方,欧米諸国ならびにその文化圏の国々では,伝統的に建築デザイン,建築構造,建築設備の各領域の教育がそれぞれ分離された別々の学部・学科・課程において実施されていて,アーキテクト養成機関は工学部の外にあるのが普通であり,アーキテクト資格と建築関連各専門エンジニア資格はそれぞれ別個のものになっている。
 わが国の建築家,建築構造技術者,建築設備技術者あるいは建築施工技術者などと呼ばれる専門業務は,個人の志向と業務経験の蓄積によって呼称として分化しているもので,業務範囲を限定された公認の資格にはなっていない。一方では,これらの専門職能をそれぞれに確立することを目指した団体が設立されており,日本建築家協会,日本建築構造技術者協会,建築設備技術者協会,建築業協会等が独自の活動を行っている。建築士に関わる職能団体としては日本建築士会連合会,日本建築士事務所協会連合会がある。また,建築士資格の試験と認定の実施機関として建設省所管の(財)建築技術教育普及センターが設置されている。

2-2)「資格と教育」の国際的な動向と国内の対応

 建築家の国際的な職能団体である国際建築家連合(UIA: Union Internationale des Architects)においてWTOのGATSに沿うような形でアーキテクト実務の国際推奨基準協定案を策定中であり,これを建築家資格相互承認の基礎として1999年6月のUIA大会で批准しようとしている。(UIA案では,大学におけるアーキテクト教育の推奨年限を5年としている。)
 この国際資格については,国内では建築の唯一の法定資格である建築士との対応が課題であり,建築技術教育普及センターが本会を含む関連諸団体の参加を求めて,わが国からの進出と海外からの受け入れの両面での資格要件の整備を検討中である。
 一方,技術者資格については,当面の課題としてのAPECエンジニアヘの対応として,日本建築士会連合会が中心となって日本建築構造技術者協会,建築設備技術者協会,建築業協会等が提案をとりまとめ,科学技術庁,日本技術士会との協議を準備中である。

2-3)本会における検討状況と課題

 本会では,91年から担当の特別委員会を設置して,欧米を中心に進められていた建築家資格制度の国際化の動きに対応するための調査研究を行い,わが国の建築に関わる資格制度と教育制度の現況の問題点について検討してきたが,WTOが発足し,GATSの具体化が課題として取り上げられて,建築家とあわせて技術者の「資格と教育」の国際化の動きが内外で急速に進みはじめた状況のもとで,96年に本会に「教育と資格特別委員会」を設置した。これは,本会と日本建築士会連合会,日本建築士事務所協会連合会,日本建築家協会,建築業協会,日本建築構造技術者協会,建築設備技術者協会の代表委員による協議体であり,教育問題については本会が提案主体となることになっている。
 「資格」問題については,上述のように関連の職能団体がそれぞれ独自の理念をもって調査検討を進めており,本会は資格問題に主体的に関与すべき立場にないが,「教育」については,当事者である教育機関関係者が網羅的に参加している組織は他にないので,本会が教育関係会員に最新の情報を提供して状況認識を共有し,わが国の建築教育の在り方についての論議を教育現場から立ち上げて必要なシステムの構築に向けての集約に努めるべき立場にあり,全国の大学・短大・高専の建築系学科から推薦を受けた156名の委員からなる「建築教育連絡協議会」を組織して,教育関係者への情報提供と意見の集約を進めている。
 このように,すでにわが国には建築全領域総合の法定業務資格である建築士制度が社会的に定着しているので,これを起点としての論議が必要であり,プロフェッショナリズムの在り方として,“アーキテクト”ならびに各関連領域の“エンジニア”に求められる能力と責任についての具体的な認識を建築界が共有し,社会的な認知を図らなければならず,さらに諸団体の資格についての論議を踏まえて共通認識を醸成し,在るべき教育の姿を明確にすることが必要である。
 一方において,上述のようなわが国の建築教育は,建築の“学術・技術・芸術”の「総合」という理念の下に構築されてきたものであり,その優れた理念は海外においても評価する声が少なくない。この長所を生かしつつ注1),プロフェッショナル教育の理念を明確にし,それぞれの教育現場で「これからの建築教育の在り方」を充分に検討し,教育目標を明示して教育プログラムとして具体性をもって体系的に組み立てることが建築教育関係者の課題である。
注1):本会は,すでにUIAに対してわが国の「建築総合教育」の優位性の評価を求める意見表明を行っている。
 UIAのアーキテクト5年教育の推奨と上記の建築教育の総合理念とを併せて勘案し,また今後一層重要性を増す人文・社会・環境・倫理にわたる幅広い素養の育成を視野に入れてアーキテクトと建築関連エンジニアの高度のプロフェッショナル教育を論ずるとき,現段階では修士課程を含めての教育プログラムを検討対象とせざるを得ない。
 教育プログラムのアクレディテーションについても,日本の建築教育の総合性に対応した独自の方式を考える必要がある。(昨年12月,米国ワシントンにおいて開かれたUIAの職能実務委員会に日本建築学会代表が出席し,日本の教育にあったアクレディテーションを行うこと自体は差し支えないとの合意も得ている。)
 現在のところ,アクレディテーションについては,日本建築学会の中に,次のような三つの考え方があり,それぞれの利害得失について検討中である。

 第1案)エンジニアとアーキテクトのアクレディテーションを別々に行う。この案の場合,国際的な整合性はとれるが,現在の建築総合教育を二つ以上の部分に分けること自体の困難や,二つ以上のアクレディテーションを行うことの非効率の問題があるほか,日本の特色であり,諸外国からも評価されている総合教育の特色を失うおそれがある。なお,この方式の場合,実際には一つの総合的アクレディテーションを行い,それを別個の制度に承認してもらうという考え方もある。

 第2案)日本技術者教育認定制度(案)に全面的に参加する形で,建築設計を含めたアクレディテーションを行う。この方式は,大部分の建築学科が工学部にあるという点では日本国内での納まりがよいし,効率の点でも問題が少ないと予想される。ただし,国際的には英文名称JABEEのEEに問題があり,建築設計としての国際的承認を得るためには,英文名称の中にArchitectureの文字を入れるなどの方策が必要である。

 第3案)日本技術者教育認定制度(案)に類似の,日本建築教育認定制度を別個につくる。日本の建築総合教育の特性にあった独自のアクレディテーションの方式で,芸術,美術学部の建築学科や,家政学部の住居学科(それぞれ実態は建築学科に近い内容で,一級建築士の資格を取ることができる)にも対応しやすいが,単独での制度化には困難が伴う。

 このように建築については他の工学分野に比べて課題が著しく多く,「分野別基準(専門基準)」の策定についても関係者のコンセンサス形成になお時間を要する状況にある。

(3)「日本技術者教育認定制度(案)」の内容に関連して

 3-1)「2.対象」:4年制理工学系学部教育等としているが,建築分野では,上述のように,大学院修士課程を含む  教育プログラムを検討対象としている。98年10月の大学審議会答申「21世紀の大学像と今後の改革方策について」においても「V-2-(2)-2)高度専門職業人養成のための実践的教育を行う大学院の設置促進」が提唱されており,対象を予め学部教育に限定せず,幅を広げておくことが望ましい。

 3-2)「4.組織」:本制度案では,制度運営の組織・予算等についてはさらに検討するとされている。杞憂であれば幸いであるが,執行にあたっては学協会の相当量の実務負担(人員,施設,諸経費)を要する懸念がある。わが国の学協会の財務体質が著しく脆弱であることは日本学術会議の調査でも明らかである注2)。添付された平成10年12月の日本学術会議会長談話に的確に指摘されているように,工学教育認定事業は,わが国の将来にとって重大な意義をもつものであり,その受益者は産業界はもとより広く国家国民であることから,これを着実に育成するための安定した財政基盤を確立し,学協会のこの事業への参加を積極的に支援する体制を構築されることが望まれる。事情は,認定対象となる大学についても同様であり,実地訪問調査の直接経費の負担については,国公私立ならびに地方による格差を生ずることからも,適切な公的資金の導入を推進すべきものである。

注2):平成6年1月,第4常置委員会調査報告「わが国における学術団体の現状」。平成9年5月28日の日本学術会議第125回総会は「学術団体の支援について」の要望書を決議し,内閣総理大臣に提出した。

以  上