1998年12月18日

株式会社 第一勧業銀行
頭 取  杉田 力之 殿

社団法人 日本建築学会
会 長 尾 島 俊 雄

旧日本勧業銀行(現第一勧業銀行)熊本支店の
保存に関する要望書

拝啓 時下ますますご清栄のこととお慶び申しあげます。
日頃より本会の活動につきましては,多大なご協力を賜わり,心より感謝いたしております。
 さて,貴行におかれましては,このほど熊本市花畑町に所在する旧日本勧業銀行(現第一勧業銀行)熊本支店の建物を取り壊し,新しく社屋を建設される旨をうかがいました。既にご高承のことと存じますが,貴支店は別紙「見解」に示しますとおり,ドリス式円柱を正面に配置した重厚な様式建築で,日本における鉄筋コンクリート構造の初期の建築です。その点で,現存する数少ない例であり,日本の近代建築史の中で貴重な銀行建築の作品であります。また,熊本城を背後に控え,電車通りに面しており,広く熊本市民の眼に触れ,そして愛されてきました。熊本では,この建物を保存活用していただくべく,地元の新聞にも大きく保存要望の声が報道されているとの由,お聞きしております。
 本会としましても,このような貴重な建築遺産が失われてしまうことは,非常に残念なことであります。この建築の文化的また歴史的価値を後世に伝えるため,今回の貴行の建て替え計画につきましては,どうか何らかの形での保存を考慮されるべく格別のご配慮を賜わりますようお願い申しあげます。
なお,本会はこの建築の保存に関しまして,技術指導などできる範囲でお手伝いさせていただきたいと考えておりますことを申し添えます。
 今後とも,優れた歴史的建造物の保存のために,ご理解とご協力を賜わりますようお願い申しあげます。

敬 具


旧日本勧業銀行(現第一勧業銀行)熊本支店についての見解

社団法人 日本建築学会
建築歴史・意匠委員会
委 員 長 中 川 武

 熊本市花畑町にある旧日本勧業銀行熊本支店の建物は,同銀行営繕部の設計によるもので,昭和8年(1933年)に建てられた。敷地は,熊本城の近くで電車通りに面しており,当時から熊本市の中心として繁栄してきた場所で,広く市民の眼に触れるところである。構造は,鉄筋コンクリート造,地上1階(一部2階)地下1階の建物で,表面は洗い出しの仕上げであり,施工は大倉土木によって行われた。
 この建築の最も大きな特徴は,外側に配置された6本のドリス式円柱である。フルーティングが彫られた円柱は太く力強く,外観に重厚な風格を与えており,銀行建築としての安定感を表現している。また,柱頭は通常のドリス式の柱頭ではなく,膨らみ(エキヌス)の部分を卵鏃装飾(egg-and-dart)としてイオニア式の要素を取り入れており,この点がローマン・ドーリックと呼ばれる由縁である。円柱の間には大きなガラスのアーチ窓が外側の柱梁の構造と対比的に用いられ,全体の感じを和らげており,また明るい営業室の採光窓としての機能を果たしている。以前は列柱上部のアーキトレーヴの部分に石造のレリーフが取り付けられていたが,昭和41年に剥離が生じたために取り外された。内部もやはり十数年前に改修され,大きなレリーフが施されていた当初の天井などは撤去されてしまって残されていない。
 建築的ないし都市的観点から考えて,同支店は次のような理由で重要である。1)この建物は,外観に古代ギリシアの神殿建築に用いられた様式のひとつであるドリス様式が用いられ,熊本で他に例のない格調の高さを備えた新古典主義建築の好例であり,デザインの完成度が高い。2)熊本はもちろん日本の近代建築の中で,昭和初期の貴重な銀行建築の作品例である。3)熊本市の中心部に位置し,熊本城を背後に控えて風格ある景観を形成し,熊本市民に長く愛され親しまれてきた。4)熊本ではこうした古い立派な建築の多くが近年取り壊され,建物の存在自体が希少価値である。
 なお,同支店は,本会が日本各地の優れた建築ばかりを選んで編集した「総覧日本の建築」シリーズ(第9巻 九州・沖縄編 p.225,新建築社)にも掲載されており,その価値は既に十分認められている。
 以上のようなことから,同支店を保存することは,熊本における優れた建築文化を継承していく上で極めて重要である。