1998年10月21日

株式会社  東京三菱銀行
頭  取  岸   暁   殿

社団法人 日本建築学会
会 長 尾 島 俊 雄

               

東京三菱銀行京都支店の保存に関する要望書

 拝啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申しあげます。
 日頃より,本会の活動につきましては多大なご協力を賜り,厚く御礼申しあげます。

 さて,貴行におかれましては,京都支店の建物を,2001年の完成を目指して改築する旨をうかがっております。
 本会では,以前よりわが国の明治・大正・昭和戦前期の近代建築の調査研究に着手し,その成果を『日本近代建築総覧』にまとめ,1980年に刊行いたしました。さらに,その中でも特に重要な建築作品を指摘して,その歴史的・文化的遺産としての価値を評価し,保存の意義を明らかにしようと努めてまいりました。貴行の京都支店の建物がそのリストに上げられていることは,既にご高承のことと存じます。
 貴支店は,別紙「見解」に示しますとおり,大正期から昭和戦前期にかけてのわが国の銀行建築を代表する作品であり,わが国近代建築史においてきわめて重要な価値を有する建物であります。また同時に,四条烏丸という京都の金融の中心地を彩ってきたモニュメントとして,京都市の都心部の歴史にとってもかけがえのない遺産であります。建物の改築に際しては,このかけがえのない建築を後世に伝えるべく,現地での保存活用のための方途をご検討いただけますようお願い申しあげる次第です。
 なお,本会はこの建物の保存に関しまして,技術的支援などできる範囲でお手伝いさせていただきたいと考えておりますことを申し添えます。
 今後とも,この優れた由緒ある建造物と良好な環境の保存のために,ご理解とご協力を賜りますようお願い申しあげます。

敬具


                   

東京三菱銀行京都支店についての見解

社団法人 日本建築学会
建築歴史・意匠委員会  
委 員 長  中 川 武 

建物の概要

 東京三菱銀行京都支店は,大正13年3月に起工し,14年11月に竣工した,鉄筋コンクリート造3階建ての建物で,当初の建築面積は約 233坪である。外壁には花崗岩を張り,イオニア式の柱頭を有する片蓋柱10本を配する。設計は当初三菱合資会社地所部で進め,同部技師長桜井小太郎の独立に伴い,桜井小太郎建築事務所が引き継いだ。施工は竹中工務店である。

桜井小太郎の作品としての価値

 桜井小太郎は,イギリスで建築を学んだ後に海軍技師を経て,大正2年から三菱合資会社に入社し,技師長として三菱の丸の内ビジネス街の建設の主軸を担った建築家である。その間に,三菱銀行本店(大正11年竣工)や丸の内ビルディング(大正12年竣工)など,当時のわが国を代表する建築の設計を手がけている。大正12年に三菱地所を退社した後に,桜井小太郎建築事務所を開設するが,同支店はこの事務所の第一作を飾る作品にほかならない。さらに,三菱銀行本店や丸の内ビルディングが惜しまれながらも近年解体されてしまった現状では,同支店は桜井小太郎の作品において,住宅などを除く三菱関連の店舗建築としては最も古いものとなっている。他には,同様に同行ゆかりの旧横浜正金銀行(東京銀行の前身)神戸支店(昭和10年竣工)があるが,これは神戸市博物館として保存再生利用されている。また,銀行建築全体の中で見ても,大手銀行の店舗として現役のものでは,日本銀行本店,同大阪支店,第一勧業銀行京都支店に次いで古い遺構といえる。

デザイン上の価値

 大正期には,わが国建築界にも古典的な様式を脱する新しいデザインの波が伝えられる。しかし,一方で銀行建築やオフィスビルには信用を表す威厳が必要とされた。そうした背景の中で,当時の銀行やオフィスは古典的な骨格を構えながら装飾的な部分を省き,威厳と近代的な新しさを同時に表すような手法が目立った。桜井小太郎が手がけた一連の銀行やオフィスはまさにその代表例である。同支店は,その中でも傑作の一つである。正面の2本の柱が示す古典的な重厚さと,装飾を極力簡略化した全体のシャープな印象が見事に調和している。こうしたデザインを示す遺構の多くが消えてしまった中で,同支店は当時の銀行建築の姿を伝える貴重な遺産として,その価値は極めて高いと言える。

景観上の価値

 以上のような建築史上・意匠上の価値だけでなく,同支店は,同時に京都の景観にとっても大きな価値を有している。同支店は,京都の金融・ビジネス街の中心である四条烏丸の交差点の一角を占め,その威厳のある美しい外観は,長きにわたって人々に親しまれてきた。その意味で,同支店は,京都市都心部の優れた歴史的景観の極めて貴重な財産となっている。景観上の価値からすれば,同支店を失うことは,京都の顔を失うのに匹敵するほどの重要な価値を有しているといえるだろう。しかも,三井銀行京都支店(現三井ビルディング)や富士銀行京都支店など,周囲の歴史的建築が取り壊されてしまった現状では,ますますその価値は重要になっている。