1997年9月26日

都道府県知事
政令指定都市市長 宛

社団法人 日 本 建 築 学 会
会 長 尾 島 俊 雄

「建築文化財専門職の設置」の要望書

 拝啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。

 日頃より、本会の活動につきましては、多大なご協力を賜り厚くお礼申し上げます。

 歴史的建造物は、それぞれの時代の歴史を最も具体的かつ雄弁に物語る貴重な文化遺産であります。

 このような歴史的建造物のうち、特に価値が高いと認められたものは、すでに指定文化財として保存されてきましたが、近年、歴史的建造物の概念、及びその社会的認識は大きく変わりつつあります。すなわち、急速に進みつつある国土の開発により、多くの重要な歴史的建造物が急速に姿を消しつつあります。他方、多くの国民のあいだで、歴史的建造物のもつ都市景観上の価値、地域の固有文化を象徴する価値などが、改めて認識されつつあります。これらの歴史的建造物には、従来の文化財の概念を時代、種類ともに大きくこえ、近世の社寺建築・民家、明治以降の洋風建築・近代建築、産業遺構などまで含まれると考えられます。これらの考え方を前提として1996年度より新たに文化財登録制度が施行されました。これは築後50年を経過している建造物で、国土の歴史的景観に寄与しているもの、造形の規範となっているもの、再現することが容易でないものを基準としており、実に多くの建造物が対象となります。

 歴史的建造物に関わる行政的対応は、現在、各地方自治体の文化財担当部局や教育委員会が中心となって行っておりますが、建築文化財を適切に取扱うことのできる専門家がほとんど配置されていないことは、別添資料(「文化財専門職の設置状況についての実態調査」『建築雑誌』Vol.106 No.1317 1991.9)のごとく明らかであります。また、1993年8月には、「建築基準法の一部改正に伴う地方公共団体指定文化財である建造物の取扱いについて」の中で、「地方公共団体の教育委員会は文化財建造物の担当部局として、特定行政庁の建築主事と適切な対応ができる者を配置するよう努めること」という内容の文化庁文化財保護部長通知を出すなどの努力がなされているが、顕著な成果を遂げるにいたっておりません。

 文化財保護は、ご承知のように保存と活用を車の両輪として成り立っており、建築文化財についても文化財としての価値の保存を図ると併せて、建造物の機能を継続あるいは再生・転用を図ることによって今日的な存在意義を付与することが大切です。

 建築文化財は、地域の記憶と密接に結びついている存在であり、都市の景観を構成する要素としても重要で、街づくりの核ともなる潜在能力を秘めています。

 建築文化財を生かした地域の活性化事業に対する取り組みも各地で行われるようになりましたが、保存の観点からも適切な活用という観点からもまだまだ不十分な状況です。保存と活用について総合的な判断に立って文化財行政及び街づくり行政に関与できる人材として建築文化財専門職を設置することは、今後の地方自治の進展に極めて重要なことと考えます。

 したがって、各自治体において以下のことを要望いたします。

一、各都道府県・政令指定都市の文化財担当部局、その他の関連する部局において、建築文化財行政をより一層振興すること。

一、建築関係の文化財専門職(特に建築を専門とする職員)の配置は著しく不足しているので、この方面の職員を文化財関連部局(含む博物館)・都市開発関連部局などにおいて、充実を図ること。

敬具