2002年12月18日

東京工業大学
学長 藍澤 益男 殿

東京工業大学水力実験室の保存に関する要望書

                              社団法人 日本建築学会
                              会 長  仙田 満

 拝啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
 日頃より、本会の活動につきましては、多大なご協力を賜り、厚くお礼を申し上げます。
 さて、貴下におかれましては、水力実験室の取壊しを計画しておられる旨うかがっております。
 ご承知のように、水力実験室は、関東大震災後の貴学の移転復興事業の一環として1932(昭和7)年に建てられたもので、建築家・谷口吉郎の処女作であるだけではなく、代表作のひとつとして知られております。
 この水力実験室は以下の点で歴史的価値を保存すべき建物と考えられます。
 1)谷口吉郎の代表作のひとつである。
 建築家・谷口吉郎(1904〜79)は、日本近代を代表する建築家のひとりです。名文家としても知られ、博物館明治村を創設し、文化財保護審議会委員をつとめるなど、文化の育成・保護にも尽力しました。それらの功績により、1973(昭和48)年には、文化勲章を受賞しています(建築界で5人目)。ちなみに、1930(昭和5)年の講師着任から65(昭和40)年の定年退官まで、35年の長きにわたって貴学で研究・教育に携わったことはご承知の通りです。
 水力実験室は、その谷口の設計によって実施された建物としては最初のもので、1932(昭和7)年に竣工しました。処女作でありながら、細部にまで配慮が行き届いた、完成度の高い作品で、慶應義塾幼稚舎(1937年)や、藤村記念堂(1947年)、秩父セメント第二工場(第1期1956年、第2期58年)などとともに、谷口の代表作のひとつとして知られています。
 2)日本の近代(主義)建築の初期の代表作のひとつであり、昭和初期のデザインの特徴をよく伝える存在である。
 水力実験室には、昭和初期の最新の建築デザインの特徴がよく示されています。具体的には、近代(主義)建築と呼ばれるもので、1920年代に西欧に登場しました。それは合理主義に立脚し、線や面などの抽象的な要素の組み合わせによる美学を基礎に、無装飾で、シンプルな表現を標榜するものでした。近代(主義)建築は20世紀の建築の主流になりました。日本にもその影響が昭和初期から見られますが、水力実験室はその最初期の代表例のひとつであり、数少ない現存例のひとつでもあります。
 以上のことから、貴下におかれましては、貴学水力実験室の文化的意義と歴史的価値についてあらためてご理解いただき、このかけがえのない文化遺産の歴史的価値が永く後世に継承されますよう、格別のご配慮を賜りたくお願い申し上げる次第です。なお、本会は当該建物の歴史的価値の保存に関して、できうる範囲で協力させていただく所存であることを申し添えます。

                                      敬 具


東京工業大学水力実験室についての見解

社団法人 日本建築学会
建築歴史・意匠委員会
委員長  高 橋 康 夫

 東京工業大学水力実験室は、関東大震災(1923年)にともなう大岡山への移転、および大学昇格にともなう施設整備の一環として、1932(昭和7)年に建設された。
 設計者は、後に日本近代を代表する建築家のひとりになった谷口吉郎(1904〜79)で、水力実験室は彼の処女作である。
 この建物は、当時応急処置で建てられていた木造校舎群の西側に隣接する台地の端に位置し、そのさらに西側の下り斜面を利用した屋外の実験設備と一体で計画された。鉄筋コンクリート造で、建築面積は458u、延床面積が880u、中央に吹き抜けを持つ2階建てになっており、地下に実験用水槽を備えている。南東の出隅には、研究室などが設けられている。サッシュがアルミに変更された以外は、当初の姿をかなりよく留めていると見られる。
 外観は、シンプルな箱形で、付加装飾はなく、庇やテラス、南東角の研究室部分の張り出しなどで変化がつけられている。外壁は当初から白に塗られていた。このようなデザインは、当時日本に導入されはじめた近代(主義)建築といわれるもので、合理主義を基盤とし、水平面(線)や垂直面(線)という抽象的な要素の構成に美を見るという、新しい美学を標榜するものであった。水力実験室は、日本におけるその初期の代表例として近代建築史ではよく知られた存在である。
 一見きわめてシンプルな構成だが、そこにさまざまな造形的配慮が施されていることも注目される。
 たとえば、南立面の縦長窓が6つ並ぶところでは、ガラス面を外壁面から少し後退させ、その間の柱を列柱として見せて、彫りの深い表情をつくりだしている。その窓の直上に壁面から一段後退させて水平に薄く壁を配し、日が当たるとその直上の桁による水平の影ができて、この立面にアクセントをつけるように工夫している。この手法は東西立面の出入口上部の窓にも見られる。これが意図的なものであることは、北側の縦長窓が外壁面と面位置で納められていることからもうかがえる。
 また、各立面には、縦長窓を2連または単独で用いたり、それらと横長窓との対比的効果を意図し、さらには小さな通風口を、非相称を意識して窓下や地盤面上に配置するなど、立面全体の構成を意識した、周到な配慮が見られる。非相称に対する好みは、東側の出入口上の庇やその下のテラスの中心線を左にずらしていることにも見られる。西側の出入口周りのテラス、階段、手摺り、庇の配置や、その庇を貫いて設けられた梯子による構成にも、同様の周到な配慮が感じられる。このような操作によって、すべての立面が引き締まった構成になっている。そこには、複数の要素(縦長窓や横長窓、水平連続窓、庇、テラス、通風口、手摺り)を巧みに組み合わせた、設計者の非凡な才能がうかがえる。
 要するに、柱や梁、テラスや庇、手摺り、通風口など、必須の要素だけを用いて立面を構成しているわけで、それらを「線」や「面」、「長方形」という抽象的な要素として扱う点を含め、近代(主義)建築の典型的な美学が展開されているのである。そして、処女作とは思えないほど、デザインの完成度が高いことも認められる。
 内部も、同様の方針で設計されている。柱や梁をそのまま表し、アングルを組み合わせただけの手摺りや、円筒形を基調とし、針金で保護しただけのシンプルな照明器具を用いていることに、当時の最新の直截な美学への設計者の共感が見受けられる。その一方で、柱や壁の腰の仕上げを変えて(その部分の汚れを目立たなくするという機能的な意味も兼ねていると考えられる)、単調に陥らないように配慮している。
 以上から、東京工業大学水力実験室は、日本における近代(主義)建築の初期の代表例として、またデザインが優れた建物として、歴史的・建築的に重要な存在と評価される。