2001年 7月 25 日

株式会社東海銀行
代表取締役頭取 小笠原日出男 殿

社団法人 日本建築学会
会 長  仙 田  満

旧中央三井信託銀行ビル(旧名古屋銀行本店)の保存に関する要望書



 拝啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。日頃より、本会の活動につきましては多大なご協力を賜り、心より感謝いたしております。
 さて、貴行におかれましては、標記建築物の非使用の由、伺っております。
 本会では、以前より我が国の明治・大正・昭和戦前の近代建築の調査研究に着手し、すでにその成果を『日本近代建築総覧』にまとめ、昭和55年に刊行いたしました。さらに、その中で特に重要な建築作品を指摘して、その歴史的・文化史的遺産としての価値を評価し、保存の意義を明らかにしようと努めてまいりました。貴行所有の標記建物がそのリストに挙げられていることは、すでにご承知のことと思います。
 旧中央三井信託銀行ビルは、別紙「見解」に示しますとおり、名古屋市における文化的・歴史的価値を有する極めて重要な建物であるとともに、名古屋市の都心の骨格を形成した金融街の景観に風格と歴史の厚みを加える貴重な遺産でもあります。今後とも、このかけがえのない建築を後世に伝える保存活用のための道をご検討いただけますならば、まことに幸いに存じます。
 なお、本会は保存に関して、できます範囲でお手伝いさせていただきたいと考えておりますことを申し添えます。今後とも、すぐれた由緒ある建造物と良好な環境の保存のために、ご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。

敬具


旧中央三井信託銀行ビル(旧名古屋銀行本店)に関する見解

社団法人 日本建築学会
 建築歴史・意匠委員会
  委員長  高橋康夫

 名古屋市中区錦2丁目20番地25に所在するこの建物は、名古屋銀行本店として、昭和元年(1926)に竣工した。名古屋銀行は、地元の実業家の出資による私立銀行として、明治15年(1882)に名古屋区伝馬町(当時)に設立された。明治後半の日清、日露の両戦争から第一次世界大戦にかけて画期的な発展を遂げるとともに、その後は順調に業績を伸ばした。旧名古屋銀行本店は、こうした銀行業務が着実に地歩を固めた時期に建設されたもので、名古屋の経済界の力を示すものであった。名古屋銀行は、新築後の昭和2年1月にこの栄の地に移転した。昭和16年には、名古屋銀行、愛知銀行、伊藤銀行の3つの銀行が合併し、株式会社東海銀行が設立されたことに伴ない、東海銀行広小路支店となる。昭和20年6月に広小路支店が統合されたため、後は東海銀行本店営業部となる。昭和27年に新館が落成し、昭和36年に近くに新しい東海銀行本店が竣工した。このため、当該建物は昭和37年から中央信託銀行名古屋支店となり、その後、中央信託と三井信託の合併により、中央三井信託銀行名古屋支店となり、現在は空家となっている。
 建物は、地上5階(一部6階)、地下1階、延べ床面積約4,700u、鉄骨鉄筋コンクリート造で、外壁全体を石張りとしている。設計は、曽禰達蔵を顧問とし、中京の近代建築の重鎮鈴木禎次が当たり、竹中工務店が施工した。建物内部は、新館が作られたとはいえ手狭であったことから、床面積を増やすために、客室回りにあった吹き抜けが塞がれるなどの改造がなされている。しかし、外観に大きな変更はない。
 この建物は、金融街として栄えた広小路の枢要な場所の一角を占め、近くに所在する昭和10年竣工の三井住友銀行名古屋支店(旧三井銀行名古屋支店)の建物とともにクラシックなスタイルをもつファサードを見せている。その存在感は極めて大きく、一種のランドマークともなっていて、長い間人々に親しまれてきている。その価値をまとめると以下のようになるであろう。

1)建築的評価
 名古屋に現存する近代建築の中でも極めて優れたものの一つである。銀行建築として、 外壁全体を石張りとした古典的な意匠を用いており、市内の純然たる古典的意匠の銀行としては、他に三井住友銀行名古屋支店および上前津支店が残るのみで、希少な存在である。
 内部空間は改修されているが、竣工当時の写真によると、客室は吹き抜けに回廊が回る、古典的な列柱を持つ典型的な銀行建築で、その意匠も優れている。
 設計は、名古屋を代表する建築家鈴木禎次で、彼は銀行建築を得意としたが、現在、ほとんど残されておらず、しかも、この建物は鈴木禎次の設計した銀行建築でも代表的なものであり、建築歴史上貴重な建造物である。
 構造的には、関東大震災後の鉄骨鉄筋コンクリート造5階建ての高層建築に属する建物で、当時先端の耐震技術を知る上でも重要な建物である。

2)都市景観および都市計画的評価
 名古屋の目抜通りである広小路と繊維問屋街の旧長者町が交差する枢要な場所の一角を占める重厚な建物で、都心の景観を形成する上で貴重な建物である。そのため、名古屋市都市景観重要建築物の第1回(平成元年)からの指定建築物となっている。
 広小路に現存する近代建築は、この建物を始めとして、旧大和生命ビル、三井住友銀行(旧三井銀行)名古屋支店、明治屋名古屋支店、旧加藤商会ビルなど少数となっているが、この建物は、名古屋の都心にある近代建築を代表するものである。
 
3)まちづくりの視点からの評価
 名古屋市の中心市街地活性化計画においても、近代建築を活性化に生かしていくことが、その基本方針とされている。また、地元の栄商店街の振興計画でも近代建築の活用がうたわれている。こうした視点から、現在ある貴重な近代建築をまちの資産として活用することが熱望されている。

 このように、旧中央三井信託銀行の建物は、名古屋の実業界が建築した近代建築の中でも最も優れたもので、名古屋の経済界の力と文化性を示す、建築史的に極めて貴重な建物である。
 なお、この建物の銀行業務以外の保全活用方法としては、博物館的な使用や、物販的な使用が考えられる。地元経済界のシンボル的な建物であることから、格調の高い利用が模索されることが期待される。


[撮影:瀬口哲夫]