平成12年12月19日

株式会社富士銀行
 代表取締役頭取 山本惠朗 殿

社団法人 日本建築学会
会長  岡 田 恒 男

富士銀行横浜支店ビル保存に関する要望書

 


 拝啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申しあげます。日頃より、本会の活動につきましては多大なご協力を賜り、心より感謝いたしております。
 さて、貴行におかれましては、この12月初旬をもって、横浜支店を移転される由、うかがっております。
 本会では、以前よりわが国の明治・大正・昭和戦前の近代建築の調査研究に着手し、すでにその成果を『日本近代建築総覧』にまとめ、昭和55年に刊行いたしました。さらに、その中で特に重要な建築作品を指摘して、その歴史的・文化的遺産としての価値を評価し、保存の意義を明らかにしようと努めてまいりました。貴行の横浜支店の建物がそのリストにあげられていることは、すでにご承知のことと思います。
 富士銀行横浜支店ビルは、別紙「見解」に示しますとおり、横浜市における文化的・歴史的価値を有する重要な建物であるとともに、横浜市の都心の景観に風格と歴史の厚みを加える貴重な遺産でもあります。支店の移転の後も、このかけがえのない建築を後世に伝える保存活用のための道をご検討いただけますならば、まことに幸いに存じます。
 なお、本会は保存に関して、できます範囲でお手伝いさせていただきたいと考えておりますことを申しそえます。今後とも、優れた由緒ある建造物と良好な環境の保存のために、ご理解とご協力を賜りますようお願い申しあげます。

敬具


富士銀行横浜支店ビルに関する見解


 横浜市中区本町4丁目45番地に所在する富士銀行横浜支店は、昭和4年10月、安田銀行横浜支店として建てられた。安田銀行は明治13年に合本安田銀行として設立され、明治45年に株式会社となり、昭和23年に富士銀行と改称して今日に至っているわが国の代表的な都市銀行の一つである。大正12年に、兄弟銀行であった第三銀行をはじめ他の10行を合併して当時のわが国の最大規模の銀行となっているが、この合併後の大正末期から昭和初期にかけて、同行営繕組織の設計により、小樽・函館・盛岡・福島・本所(東京)・梅田(大阪)・神戸などの新しい支店ビルが、ほとんど同じスタイルであいついで建てられている。横浜支店ビルもこの一連の建設事業の一環として建てられたものであるが、そのなかで最大規模のものであり、しかも唯一の現存例である。他に小樽支店が北海経済新聞社として、また函館支店がホテル・ニュー函館として改修を受けつつ現存してはいるが、いまなお銀行として用い続けられているのはこの横浜支店のみである。
 建築面積は552.3u、鉄筋コンクリート造2階建て、外壁全体を石張りとした建物である。設計は、上述のように安田銀行の営繕組織、施工は大倉土木(現大成建設)である。なお、昭和29年2月に、創建時と同じスタイルで、南側に増築がなされている。
 この建物は、馬車道通りと本町通りが交差する開港以来の横浜の枢要な場所の一角を占め、この二つの通りにクラシックなスタイルをもつファサードを見せている。その存在感はきわめて大きく、一種のランドマークとなって、長い間人々に親しまれてきている。その価値をまとめると以下のようになるであろう。

  1. 戦前の古典主義様式の銀行建築の一典型であること。すなわち、この建物はイタリア・ルネサンスのパラッツォ建築を想起させる粗い石積み(ルスティカ)の外壁をもち、二つのファサードのそれぞれ中央に柱礎を持たないドリス式と覚しき大オーダーの円柱を備え、2階の窓を半円窓としている。フリーズやコーニスの細部意匠も精巧で、正統的な古典主義建築の骨格と細部を有している。また内部も、周囲にギャラリーを巡らし、大円柱で支えられた吹き抜け空間をもつなど、当初のクラシックな意匠をきわめてよくとどめている。

  2. 横浜関内の二つの主要道路が交差するコーナーに位置し、この界隈のすぐれた景観を構成する不可欠の存在であること。横浜市の「歴史を生かしたまちづくり要綱」に基づく歴史的建造物に、その要綱が施行された昭和63年にいちはやく登録されているのも、それがゆえである。

  3. 現在の富士銀行の各支店のうち、唯一の戦前の創建になる建物であること。しかも、大正末から昭和初期にかけて建設された一連の同行営繕組織の設計になる建物を代表する存在である。

 このように、富士銀行横浜支店の建物は、建築史的に貴重な存在であるのみならず、長い間市民に親しまれてきたすぐれた風景の重要な構成要素でもあり、都市景観の上からもきわめて貴重である。

日 本 建 築 学 会
建築歴史・意匠委員会
委員長 鈴木博之