2000年10月17日

そごう百貨店
特別顧問 和田繁明様

社団法人 日本建築学会
会長 岡 田 恒 男

そごう百貨店大阪店の保存に関する要望書

 拝啓 時下ますます御清祥のこととお慶び申し上げます。
 日頃、本会の活動につきましては多大のご協力を賜わり、厚くお礼申し上げます。
 さて、貴社におかれましては、大阪市中央区心斎橋筋1丁目8番3号に所在の標記の大阪店の建て替えを考えておられると伺っております。
 本会では、以前よりわが国の明治・大正・昭和戦前期の近代建築の調査研究に着手し、その成果を『日本近代建築総覧』にまとめ、1980年に刊行いたしました。さらに、その中でも特に重要な建築作品を指摘して、その歴史的・文化的遺産としての価値を評価し、保存の意義を明らかにしようと努めてまいりました。貴社大阪店の建物がそのリストに挙げられていることは、すでにご高承のことと存じます。
 貴大阪店は、別紙「見解」に示しますとおり、わが国の近代建築史・文化史においてきわめて重要な価値を有する建物であり、同時に、わが国の百貨店建築を代表する作品であります。さらには、心斎橋界隈という日本有数の繁華街のシンボルとして、御堂筋の景観に欠かせない遺産であります。建物の改築に際しましては、このかけがえのない建築を後世に伝えるべく、現地での保存活用のための方途をご検討いただきますよう、お願い申し上げる次第でございます。
 なお、本会はこの建物の保存に関しまして、技術的支援などできる範囲でお手伝いさせていただきたいと考えておりますことを申し添えます。
 今後とも、この優れた由緒ある建築物と良好な都市環境の保存のために、ご理解とご協力を賜わりますようお願い申し上げます。

敬 具


そごう百貨店大阪店についての見解

社団法人 日本建築学会
建築歴史・意匠委員会
委 員 長  鈴木 博之

●建物の概要
 そごう百貨店大阪店は、1931年(昭和6)10月に起工し、3期にわたる工事を経て、1937年11月に竣工した。竣工年は、主要部分が完成を見た1935年とすることも多い。鉄骨鉄筋コンクリート8階建ての建物で、T字型の平面形状をなす。当初の建築面積は約3,274u(992坪)である。設計は村野藤吾、施工は大倉土木(現・大成建設)である。
 戦後、外装のトラヴァーチンをタイルに張り替えたほかは当初の外観を留めているが、室内については戦中戦後の用途変更のために改修されている。

●村野藤吾の作品としての価値
 村野藤吾(1891〜1984)は近代日本を代表する建築家の一人であり、芸術院会員、文化勲章受賞者である。村野は1929年に設計事務所を設立したのち、1930年の森五ビルでその手腕が知られるようになり、以後、このそごう百貨店大阪店をはじめ、大阪パンシオン(1931)、独逸文化会館(1934)、渡辺翁記念館(宇部市民館・1937)と言った秀作を生んでいく。
 この大阪店の建設は当時の十合百貨店としては社運を賭けた事業であり、その設計を当時まだ実績のなかった村野藤吾に依頼することは大きな冒険であった。特に1933年には隣地に老舗の大丸百貨店がヴォーリズ建築事務所の設計によって華麗なゴシック様式の店舗を完成させており、村野藤吾の責務は重大であったが、彼はよく抜擢に応え、評価を決定的なものとした。彼はいくたびも大阪店の設計を回想しているが、そこではそごう幹部の水木栄太郎から得た信頼に感謝の念を表するともに、「大衆にアピール」しながらも建築として堕落させないことを心がけて非常な苦心を払ったと繰り返し述べている。こうした事実からも、このそごう百貨店大阪店は、村野藤吾の足跡を語るうえで逸することのできない作品であると考えられる。

●デザイン上の価値
 そごう百貨店大阪店は、街路に面した南面では外壁と直角方向に細かく袖壁を並べ、遠目には縦線に包まれたように見せながら、その縦線の要所をさらに水平垂直に分割するという立面構成をとっている。村野藤吾の初期作品においては、建築の部材を平面や直線といった幾何学的な形態に還元し、それら幾何学形態を三次元的に構成することで、新たな空間造形を生み出そうとする構成主義の影響がうかがえるが、そのなかでもこの建物は、構成主義的手法を個性的に咀嚼しつつ駆使した建築であるといえる。構成主義は近代建築の中核をなす造形原理として近年新たな注目を集めており、わが国におけるそうした歴史的展開を示す事例として重要である。外装材は変更されたが、形態自体はよく旧状をとどめる。
 また御堂筋側ファサードには藤川勇造(1883〜1935)制作のブロンズ像「飛翔」が配される。藤川はロダンの晩年の弟子として知られ、二科会の主要メンバーとして活躍した近代日本を代表する彫刻家である。本建築は建築家と彫刻家との協力による設計事例としても重要である。

●都市環境における価値
 そごう百貨店が店舗の新築に踏み切ったのは、御堂筋の拡幅と地下鉄建設とに備えるためである。そごうも大丸もそれまで大阪に存在しなかった近代的都市景観を形成することを前提に建設された。この新しい課題に対して、そごう百貨店は気鋭の建築家を起用することで、新しい美意識を的確に提示し、他方、大丸は歴史様式の装飾性を十分に生かすことで応えた。これら二つの好対照をなす百貨店建築が並立する都市風景は、世界的に見ても類例を見出しにくく、この点においても、そごう百貨店大阪店は失うことのできない貴重な歴史的景観資源と評価できる。