2000年2月1日

下 関 市 長
江 島   潔 殿

社団法人 日本建築学会
会 長  岡 田 恒 男

旧下関郵便局電話課事務室の保存活用についての要望書

 拝啓 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
 日頃、本会の活動につきましては、多大な御協力を賜り、厚く御礼申し上げます。
 さて、貴市におかれましては、貴市所有の、下関市役所第一別館として使用されていた旧下関郵便局電話課事務室について、保存活用計画策定への英断を下され、その詳細について鋭意ご検討を重ねておられる旨、仄聞しております。
 この建物につきましては、本会で作成した『日本近代建築総覧』において、極めて重要な歴史的建造物として位置づけられております。また、この建物を設計した逓信省営繕課は、わが国の近代建築の歴史を考える上で、きわめて重要な役割を担った組織として知られており、とりわけ大正期には積極的にヨーロッパで展開された新建築運動の一つであるセセッション運動の精神を拠り所として、電話事業の近代化のために組織的に新しい建築表現を模索しておりました。旧下関郵便局電話課事務室は、このようなヨーロッパの近代建築運動の強い影響のもとで生み出された、まさに日本の近代化の過程を証す貴重な建築遺産の一つといえます。
 また、この建物のある唐戸地区は、日本の近代史に名を残してきた下関市の中心地区でもあり、現在もその歴史的風土と景観に厚みを加える上で重要な役割を担っていると考えられます。下関の歴史と伝統を継承した町づくりの一環として、唐戸地区は将来にわたって重要な歴史地区であると思われますが、この建物はその歴史地区を構成する貴重な建築物でもあります。
 つきましては、貴市におかれては、この建物の積極的な保存、活用をご検討いただけますようお願い申し上げる次第です。
 なお、本会はこの旧下関郵便局電話課事務室の保存活用について、歴史的調査、技術的調査、保存活用案の助言等、できます範囲でお手伝いさせていただきたいと考えておりますことを申し添えます。今後とも、優れた歴史的建造物と良好な環境の保全のため、一層のご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。

敬 具


大正末期における逓信省営繕課の作品活動と
旧下関郵便局電話課事務室に関する見解

社団法人 日本建築学会
建築歴史・意匠委員会
委 員 長  鈴木 博之

逓信省営繕課によるヨーロッパの近代建築運動の影響下における実例としての価値

 旧下関郵便局電話課事務室は、竣工は大正12(1923)年、設計は逓信省営繕課で鉄筋コンクリート造二階建て一部三階建て塔屋付きの建物である。
 設計を担当した逓信省営繕課は、戦前の日本を代表する設計組織のひとつで、特に大正から昭和初期にかけては、ヨーロッパで展開されていた新しいデザインを積極的に取り入れた郵便局や電話局を設計するなど、日本の建築界をリードする存在でもあった。
 この旧下関郵便局電話課事務室は、技師の山田守(1894-1966)や吉田鉄郎(1894-1956)らを抱えたこの逓信省営繕課が、過去の様式を乗り越えるために当時ヨーロッパで展開された新建築運動の中で台頭し始めていたセセッション様式の強い影響を受けて生み出した現存例である。また、逓信省営繕課では大正末期の電話事業の急成長に対応すべく組織的にモデル設計に取り組んでおり、この建築はそのモデル設計による作品の唯一の現存例でもあり、貴重な遺構である。

建築技術と対応した意匠的特徴の価値

 この建物の立面で重要なものの一つとして大きな塔屋があげられる。この塔屋は防火用のドレンチャー(流水防火装置)の水槽であり、大正期の逓信省営繕課長内田司郎の特許によるもので、関東大震災までは電話局舎に必ず取り付けられた。また、塔屋の上部のコンクリートの躯体自身が水槽となっており、塔屋の下部が操作室で火災時係員がここで火勢や風向きをみながらヘッダーのバルブを操作するというものである。また、この装置は水膜が窓面に沿って滑らかに流れるように、窓開口部の上部垂れ壁下部断面が直角でなく、斜めあるいは曲面となっているのが一つの特徴である。また、フルートのついた列柱による垂直線を強調した立面も、水が窓面から散らないようにするためにも必要な意匠である。

 このように、この建物の独特な意匠は、ヨーロッパの影響を示すとともに、当時の建築防火技術と密接な関連性が認められる極めて重要なものである。

地域における価値

 下関のかつての中心は唐戸地区であり、ここに旧英国領事館、秋田商会、南部町郵便局、旧ウール商会(現ロダン美容院)などの近代建築遺産が集中して存在する。当建物を含め、歴史的な建築群がランドマークとして点在することにより、唐戸地区の持つ歴史性が継承されることは、地域史的観点からしても極めて意義あるものである。また都市の個性やアイデンティティが重視される時代を迎えつつある今日、当建物は下関の顔のひとつとして今後のまちづくりに資するところは大きいと思われる。

 以上のように、貴市所有の旧下関郵便局電話課事務室は、日本の近代建築史における意匠的、技術的な発展過程を再考する上で、また唐戸地区の歴史的景観と下関市の将来のまちづくりを考える上で、極めて重要な建物と考えられる。