第22回 会長・副会長からの近況報告(メルマガ)(2023年3月3日配信)

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 3月13日からはマスクの着用は個人の判断でという方針が政府から示されています。感染リスクの高い場所などでは慎重に対応されていくことと思います。厳しくするときよりも緩和することの方が一般的には難しいということもあります。先週末には大隈講堂で卒業計画、修士論文、修士計画の公開講評会が開催されました。2020年の公開講評会は非常事態宣言の直前で気を遣いながらも開催ができました。今年になってやっと一般公開ができるようになりましたが、WEB中継していることもあるのか、会場参加者は2019年のようには戻っていません。発表者もマスクもしたままで表情が確認できないのが残念です。新型コロナウイルス感染による重症化率は低下したことで心配は少なくなってきましたが、感染メカニズムが変化したわけではないので、これからも手洗いやエアロゾル感染としての換気は重要です。日本人は過去を忘れやすいといわれますが、COVID-19から学んだことを将来に備えるために効果があったこと、努力の割に効果が少なかったことなどを科学的にまとめておくことは重要です。働き方や住まい方などまで範囲を広げると建築分野として貢献できる部分も多いと思われます。医学誌のLancetに工学分野の研究者を中心とした今後の換気の考え方のガイドラインが掲載されました。また、我が国と異なり、WHO(世界保健機関)は当初、空気感染(エアロゾル感染)を認めず換気の重要性に関する啓発が遅れました。換気の重要性を指摘した学術論文を有名科学雑誌が不採用をしたことも大きな影響がありました。私もこのグループの一員でしたが、有志でこの問題を記録に残しておこうということになりました。経緯に関しての論文は医学誌の2月に掲載されました。我が国ではここまでしないように思いますが、海外の研究者のこのしつこさが学問を進展させるのだと強く感じたところです。

 Lidia Morawska et al., COVID-19 and Airborne Transmission: Science Rejected, Lives Lost.
 Can Society Do Better?, Clinical Infectious Diseases, 2022,
 https://doi.org/10.1093/cid/ciad068

 話は変わりますが1月に研究室の大学院生がAIで回答するChatGPTをゼミで紹介してくれました。最初は半信半疑でしたが、試しに使ってみたところ結構まともな答えを返してくれます。「日本建築学会が最近2年間に行ってきた特筆すべき行動や活動をあげて下さい」と質問してみました。項目の内容は省略しますが、以下の4項目を回答してくれました。
 1.新型コロナウイルス感染症対策
 2.認定制度の改正(注:建築士制度に対応した学会の対応のこと)
 3.オンラインセミナーやウェビナーの開催
 4.環境に配慮した建築に関する研究・普及
 日本建築学会は、建築分野において最新技術や知識を提供し、持続可能な社会の実現に貢献しています。と結んでくれています。学生に聞くとプログラムソフトを作って貰うことも可能らしいです。自分自身や組織を膨大なデータから講評してもらうのも良いと思いました。一方で、学生にレポート課題を出すのは極めて難しくなったと感じています。

 
田辺 新一
会長 田辺新一(早稲田大学教授)
 学会活動のDX(デジタル・トランスフォーメーション)に関する検討が佳境に差し掛かっています。2021年秋に開始したタスクフォースでは、これまで10回近くに及ぶ会議を開催し、提言書という形でDXの方向性を纏めて参りました。ハイブリッドでの会議・講習会・シンポジウム等の円滑な開催、および学会出版物の電子書籍化という2項目が主要なタスクフォースの提言となることは間違いありません。このうち、会議・講習会・シンポジウム等のハイブリッドでの開催につきましては、「禍を転じて福と為す」ではありませんが、COVID-19の影響で、既に十分な設備が配されている会議室も建築会館には多くあり、会員の皆様がその利用方法を習得されればよいというレベルに達しているものと認識しております。一方、出版物の本格的な電子書籍化に関しましては、正直これからというのが実情であります。私が主査を務めさせていただき昨年11月に改定出版となりしましたJASS 5は、実に900ページに及ぶものとなってしまいました。B5判からA4判になった1986年版は600ページ強でありましたが、2009年の前回改定版では約800ページにもなり、今回はそれをさらに100ページも上回るものとなってしまいました。とても工事現場で常に携帯し、問題が生じた場合や疑問点があった場合などに参照して解決策を見出すための資料とは言えません。必要な時に必要とする場所で、タブレットやスマートフォンなどで容易に検索・参照できるようになってこそ、真に価値のある標準仕様書と言えるのではないでしょうか。JASS 5の次回の改定作業もすぐに始まりますが、次の改定版は、是非とも電子化された状態のものにしたいと思います。

 
野口 貴文
副会長 野口貴文(東京大学教授)
 週末、沖縄の島に設計施工で行ってきたホテルの竣工祭に行ってきました。2020年2月に着工し2年の工期を経て竣工に至りました。まさにコロナ真最中に工事が行われていた現場でした。起工式も中止になり工事はWEBでスタートしました。離島の工事であったので、感染者が出るとその医療体制が脆弱なため往来も禁止され設計陣もWEBで対応するしかありませんでした。幸いこの期間でWEB環境は著しく進歩しそれらを駆使して設計も対応することが出来ました。以前この地を訪れていたころには中国からのクルーズ船が来ており多くの観光客が押し寄せていました。島に行くためには飛行機がメインでどうしてもキャパがあります。それを上回らせていたのがクルーズ船でした。つまり観光客を増やすには飛行機の増便が必要になるわけです。沖縄の観光客数は最高が1000万人を超えその30%が外国人でした。そのうち島に行く人はその10%余りでまだまだ伸びしろのある観光地といえます。東南アジア特に台湾や韓国・中国・香港の方に人気の場所でした。ようやく観光も再開されインバウンドも徐々に戻ってきています。観光にも明るい兆しが見えてきました。コロナ禍が空け、まさに竣工したホテルが多いに稼働することを祈っています。

 
田名網 雅人
副会長 田名網雅人(鹿島建設㈱常務執行役員建築設計本部副本部長)
 大学によって違いがあり、非公式活動も多いので、公的な場所で取り上げることを躊躇しましたが、会員の皆さまとも共有させて頂こうと思い、今月は学生さんの就職活動について書かせて頂きます。
 就職活動の過熱化が、学業を阻害し、海外への留学を選んだ学生すらも不利にしているという懸念は、ここ数年議論の俎上に上がっており、日本建築学会会長、全国建築系大学教育連絡協議会会長、並びに同運営委員会委員長名で「就職活動時期・選考時期に関する要望」を出して産業界に協力を求めてきました。
 https://www.aij.or.jp/jpn/databox/2022/20220725a.pdf
 意義ある試みですが、実際の効果については未だ限定的なようです。正式な選抜は3月1日から始まることになっていますが、実はその前に自主的とされるインターンシップや研修会で厳しい粗よりがされるなど、実質的には長期化が進み、内容も精緻化・潜伏化しているのが実情です。特に私たちのような地方に拠点を置く大学では、オンラインを活用するとはうたっているものの関東や関西で行われるそれらに身を運んで差がつかないようにしないという意識が働くため学生には大きな負担がかかり、大学院教育にも大きな影を落としています。
 人材採用は競争力の基幹であり、優秀な学生を引きつけながら慎重に人材を選ぶのは当然です。馬鹿正直な協定順守は、競争から脱落する悪手と見なされるのもその通りです。しかしながら必要以上、長期間に渡って学生を縛り付け、見せかけの忠誠心を競わせる国際的にも珍しいこの仕組みは、長い目で見ると、学業や海外に目を向けて真摯に取り組んでいる学生の意欲を萎えさせ、そのようなものは全部ぶっちぎって短期的な自己利益を最大化する学生を優位に置く、長期的にはリスクの高い仕組みに思えてなりません。私たちのガバナンス力の不足を告白するようで申し訳ありませんが、一部ですでにそうしたモラルハザードが起きたりもしています。また、大学で学ぶことは役に立たないという意見もありますが、不透明な世の中を生きるためには、より大きな知見が必要となるはずで、私自身の限られた経験でも、国内外での過酷な実務を生き抜く中で、そうした知恵に何度も助けられています。海外では忠誠心だけの教養の無い人間は軽蔑されるだけのようにも思います。
 長い時間の中で我々を破滅に向かわせかねないこのチキンレースを終わらせるには、巻き込まれている大学、企業、学生らの関係者が集って、課題を共有し、真摯な解決を模索する以外無いように思います。先の全国建築系大学教育連絡協議会運営委員会でも「企業側の意見の聞ける場が設けられるとよい。学会の理事にも企業の方がいるのでラウンドテーブルのような場を設けて(中略)企業と大学で人を育てるようにしたい。(2022.7.7)」という意見が出ております。機は熟しているのかもしれません。

 
小野田 泰明
副会長 小野田泰明(東北大学教授)
トルコ・シリア大地震

 チャタル・ヒュイク。西洋建築史の最初のページに掲載されている世界最古の都市遺跡。トルコ中南部にある。当時の住居は屋根から梯子で出入りしていたという。建築を学ぶ学生なら見ておかなければならないと思い、1988年、バッグパッカーでチャタル・ヒュイク、シャンルウルファ、ハラン、ソーマタール、ディアルバクルと旅をつづけました。チグリス、ユーフラテス川の源流周辺には、旧約聖書やそれ以前の伝説に登場する土地、さらに未だ詳細調査の行われていないような遺跡が多数ありました。教科書に出ているものはそのごく一部に過ぎない、と思い知りました。それらの遺跡周辺には貧しい人々が棲んでいる場所が多くありました。シリアとの国境周辺には、独立国家を持たないクルドの人たちがひしめき合うように棲み、上空はひっきりなしに戦闘機が飛び交っていました。シリア側には2011年以降さらに多くの難民が発生したので、近年の状況はもっと悪くなっていたことは想像に難くありません。
 ご承知の通り、本年2月6日にそのトルコ/シリア地域を2回の巨大な地震と相次ぐ余震が襲い、既に5万人を超える甚大な数の犠牲者が出ているということです。報道を見る限り建物倒壊による死者が多数を占めると思われます。被害にあわれた方々に心よりお悔やみ申し上げます。
 2月22日に開催されたMETU(中東工科大学(トルコ・アンカラ))の主催によるオンライン報告会[1]によれば、今回の地震の発生場所はアラビアプレートとアナトリアブロックが境界を接する場所で、500~900年の間、歪が解放されていない場所としても知られていたそうです。最初小さな断層から始まった崩壊は近傍の東アナトリア断層へジャンプし、東北方面と南西方面へ約200km以上にわたって広がり、Mw7.8の巨大地震を発生しました。そしてその9時間後には北側のチャルダック断層でのMw7.6の大地震を誘発。マラシュやハタイで観測された最大地表面加速度は1Gを超えており、マラシュ、ハタイ、ガジアンテップでは1.5~3万棟の建物が大破~倒壊と報告されています。
 トルコでは1999年のコジャエリ地震を契機に2000年10月に耐震関連基準の大きな改正がありました。今回の建物被害の状況は、設計が2000年以後かどうかでかなり異なるとのことです[1][2]。しかし、同時に耐震基準想定以上の地震だったために損傷を受けている場合も多いと考えられるとのことです。
 一方、トルコでは免震構造が比較的普及しています。防災学術連携体の報告[2]によれば、今回の震災地域にも免震構造の病院が多くあり、これらはいずれも全く無傷であったそうです。地震の最中に手術を止めずに続けられていた病院もあったそうです。
 平田直・東京大学名誉教授によれば、今回の最初の地震は、奇しくも今年100周年となる1923年の関東大震災に匹敵するものであるとのことです。その当の震災対策先進国であるはずの日本が、免震構造の普及を目前にして、長い間足踏みをしたまま留まっていることは大変残念なことだと思われます。地震の影響を受けずに安心して暮らせる建築技術が免震構造です。現在、防災科研が兵庫県三木市に実大免震試験施設を建設中です。このような施設の開発を弾みとし、今回のトルコ/シリアの甚大な地震被害を教訓として、免震構造が一層普及することを願うばかりです。

  [1] METU(中東工科大学(トルコ・アンカラ))の主催によるオンライン報告会(Webinar on Kahramanmaraş Earthquakes by METU-EERC)
 https://www.youtube.com/watch?v=uEeGc8GCnNw&list=RDCMUC4yNKi3-YXWKMdEBejCYOhA&start_radio=1
 (2月22日現地で調査に当たった多くの研究者がトルコ語と英語で調査速報を紹介。)

 [2] 2月27日:防災学術連携体による「トルコ・マラッシュ震災に関する緊急報告会」
 https://youtube.com/live/tPp4kd5stS8

 [3] 日本建築学会:2023年2月6日にトルコ南部で発生した地震に関する情報
 http://saigai.aij.or.jp/saigai_info/20230206_turkey/20230206_S_Turkey.html

 
川口 健一
副会長 川口健一(東京大学教授)
 子供の頃、家族との旅行先で入った食堂の壁に掛けられたメニューに「時価」という表示があり、とても不思議に思った記憶があります。サザエやアワビ等の値段に付けられていました。急に何事?と思われるかもしれませんが、お察しの通り「建築コスト」に関する話題です。
 もし建築食堂なるものがあったなら、壁のメニュー札には「オフィス(超高層)」「オフィス(中高層)」「オフィス(低層)」などが並び、さらに松竹梅のランクが付けられ、その値段はどれも時価ということになるのでしょうか。
 ご存じの通り建設物価はリーマンショック以降の2011年頃に底を打ち、その後の東日本大震災や東京オリンピックによる影響等を経て、2020年の新型コロナ発生以降は急激に上昇しています。特に昨年からはウクライナ情勢によるエネルギー問題もからみ、社会全体の物価上昇傾向が顕著です。
 日本は1990年代以降物価上昇がなく賃金も上がっていないという特殊な状況もあったため、この傾向は今後もしばらく続くのではないかと見られています。政府も賃金上昇に向けた経済界への期待を高めており、海外との年収格差の是正という点では好ましい面もあると思います。
 建築は事業企画段階から完成までに長い時間がかかるので、先述の建築食堂では、注文したものが届くときには値段が1.5倍になっているかも知れません。財布の中身を考えて少し安いものを注文しなくてはいけない事態も考えられますが、建設機運の萎縮には繋がらないようにしてほしいものです。

 
山本 茂義
副会長 山本茂義(㈱久米設計上級担当役員設計本部プリンシパルCDO)


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