第21回 会長・副会長からの近況報告(メルマガ)(2023年2月3日配信)
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2021年7月のメルマガに熱海での土石流と激甚化する水災害のことを書かせて頂きましたが、日本建築学会、日本学術会議、関係団体での活動も活発になってきています。1月27日に日本不動産研究所などによるResReal(レジリアル)という不動産認証制度の水害に関する評価システム公開セミナーが行われました。国土交通省不動産・建設経済局、水管理・国土保全局の御挨拶に続いて、本会や日本学術会議での活動に関して基調講演を行ってきました。立地のみの評価では、我が国の不動産は非常に低い評価になってしまう可能性があります。提案された評価システムでは、立地条件に加えて先進性を含む建物対策評価も合わせて行えるようになっています。国産のレジリエンス評価システムに期待をしているところです。
不動産に関する新たな認証制度「ResReal(呼称:レジリアル)」のご案内
https://www.reinet.or.jp/?p=30368
本会では、「マルチハザードに対応可能な耐複合災害建築特別研究委員会」(主査:久田嘉章工学院大学教授)が活発に活動しています。私もオブザーバー出席させて頂いて議論を伺っています。従来の土木分野による対策だけでなく、建築・まちづくりの分野でも耐震・耐火・耐風・耐雪等に加えて耐水・耐土砂・耐火山噴火などの対策が必要になっているとしています。マルチハザードに対応可能な耐複合災害建築を実現化するための分野横断的な学術研究が望まれます。2023年度以降も活動は継続される予定です。委員でもある建築研究所木内先生が興味深い報告書を出されています。
木内望、中野卓、「建築物の浸水対策案の試設計に基づくその費用対効果に関する研究」、建築研究報告 No.153(2023年1月)
https://www.kenken.go.jp/japanese/contents/publications/report/153/index.html
スイス・リー再保険が2013年に河川の氾濫、高潮、津波、暴風、地震などを総合して検証した結果、東京と横浜が世界で最も危険な都市と発表しました。ちなみに、不名誉な1位が東京・横浜(日本)、2位がマニラ(フィリピン)、3位が珠江(しゅこう)デルタ(中国)、4位が大阪・神戸(日本)、5位がジャカルタ(インドネシア)、6位が名古屋(日本)とランキングベスト6位の50%が日本の都市です。一方、エコノミスト誌「エコノミスト・インテリジェンス・ユニット」は、2019年に犯罪・サイバーセキュリティー・自然災害に対するインフラ・個人、衛生・健康面での安全性からの総合評価で東京を世界1位安全としています。Safe Cities Index 2021では東京は首位から陥落したものの上位です。一体どちらが正しいのでしょうか。我が国は海外からの評価を気にする傾向がありますが、久田先生は悲観しないで「転んでもただで起きない」レジリエントな世界戦略を展開すべきではないかと提唱されています。全く同感です。学術、経済、産業分野でも悲観論が増えていますが、ここは元気を出して学際・学術的な研究を継続して行くことが大切だと思います。
「流域治水」による防災・減災対策のために不可欠となる知見や科学・技術について最新の知見を議論してきた日本学術会議の気候変動と国土分科会が、3月8日にシンポジウム「水害対策と建築分野の取組み」を開催します。本会も共催しています。流域治水は大切だと私に教えてくれた持田灯先生(東北大学教授)の司会に始まり、この分野で長く活動されてきた望月常好先生(日本河川協会監事)、田村和夫先生(神奈川大学客員教授)も登壇されます。土木学会とのMOUに基づくタスクフォースの活動も報告される予定です。オンラインで無料ですので御参加頂ければと思います。
https://www.aij.or.jp/jpn/symposium/2022/20230308suigai.pdf
https://forms.office.com/r/LB20wTdxv0

昨年の11月初旬から12月初旬にかけて、支部共通事業としてJASS 5改定講習会を対面(最後の講習会となる東京会場2回目ではハイブリッド)で実施させていただきました。多数の方々にご参加いただき、COVID-19禍の中でもなんとか盛況裡に終えることができました。ご参加いただきました方々に心より感謝申し上げます。ご都合がつかず参加いただけなかった方にも、今後e-learningという形で講習会の模様を提供させていただく予定ですので、是非、ご聴講いただきたく存じます。
さて、私が日本建築学会の標準仕様書の改定作業に参画させていただいた1990年代中盤から議論が継続している問題がありますが、今もってなお解決できておりません。それは、標準仕様書の性能規定化という問題です。設計基準の性能規定化については、2000年代前半より基準と検証方法とがセットとなって運用されてきておりますが、設計の目標を具体化した標準仕様書の性能規定化については、その是非を含めた議論の継続が必要です。なぜならば、仕様書は、設計した建築物をどのように造り上げるのかを示したものであり、その内容は具体的である必要があるからです。究極的には、仕様書に示された仕様に基づいて建設された建築物が設計目標を満足している必要があるので、竣工した建築物を検査して目標性能を満足していることを確認できればよい、ということになります。しかし、要求性能→設計・検証(目標性能)→施工(仕様)→検査(達成性能)の中で、目標性能を満足するのに十分な仕様が設定されているかどうかの検証方法は未だもって確立されておらず、また、竣工建築物で性能検査を実行することも不可能であることが多いのです。つまり、現行の体系は関係者の合意に基づいて成立しているものであることを認識しなければなりません。JASS5では「コンクリートに有害なひび割れが生じないこと」、「計画供用期間中に鉄筋は腐食しないこと」といった目標を達成するための標準仕様を提示しています。しかし、それらを完全に保証しているわけではなく、万が一の場合に補償するわけでもありません。昨今におけるコンピューターシミュレーション技術の進歩は、あたかも仕様書に基づく結果に対して保証・補償が可能となるかのような錯覚を我々に与えてくれます。我々が現在すべきことは、決して錯覚に惑わされず、上記の現状を冷静に認識し、いつの日か胸を張って竣工建築物に太鼓判を押せるように、日進月歩の弛まぬ努力を続けることではないかと思います。

毎年、年初めに大学のOB会組織で特別見学会を実施しています。もう始めて11年を迎えました。通常行くことのない遺跡を歴史研の先生の解説を受けながら回る旅です。カンボジアのアンコールワットを皮切りにミャンマー・ベトナム・ラオス・インドネシアなどアジア各国を回り、2020年にはコロナが蔓延し始めたギリギリに治安の関係で行けなかったエジプトにも行くことができました。2021年はコロナで中止。2022年には国内に目を向け京都の国宝の建物を巡りました。通常1台のバスに乗車できる限界の40名の参加を得ていましたが、今年はコロナ禍の影響もあって、半数の参加となりました。タイに行き北のチェンマイを皮切りにスコタイ・アユタヤを経てバンコクを巡りました。2021年に企画した時点では、医療体制が充実していないチャンマイにはバンコクの人も行けないきびしい規制があり、また企画していた現地の旅行会社が倒産してしまい打ち合わせをし直すこともありました。現地ガイドには2年ぶりのツアーだと感激されました。タイはコロナに対する解禁をいち早くしたため、すでに世界中の観光客が押し寄せています。ツアー中ほとんど日本の人に会うことがなくコロナ禍の影響を強く感じる見学会となりました。

仙台高専建築デザインコースで話をしてきました。それなりに話すのは慣れてはいますが、高校1年から大学4年に当たる若者相手に、一時間以上話を持たせるのは難題です。
そこで、日本における文系理系の過酷な区分が、文理融合的協働から開発されるリスク管理技術への乗り遅れを生み、それが「失われた30年」と言われる日本の低迷に影響を与えているかもしれないという仮説を導入に据えました。さらに、海外のアドバンテージが大航海時代に始まるリスク管理史とも連関することを述べつつ、受験生には絶対的にも見える文理の区分は相対的なこと、建築はそれらを相対化出来る魅力的な領域であることを説明した次第です。我々が関わった建築を紹介しつつ、施設型の基礎も近世ヨーロッパの社会変革と関係していること、理系だからと言って世界史や地理を学ばないのはもったいないことも伝えました。若干難解であったかもしれませんが、好意的に受け止めて頂けたようです。
このように教えることは大変ですが、発見も多くあります。同じく年明けに、TOTOギャラリー・間が教育向けの開放を行っている枠組みを活用して、今期受け持っている大学の授業の拡張版を展開しました。展覧会のキュレーターのひとりである塚本由晴先生に特別に解説をお願いしたのですが、氏が語り出すと静謐な展示会場がぱっと天然色に彩られるように見えたのにはちょっと驚きました(笑)。塚本氏と当方の学生との意見交換から、大きな時間の中で事物連関を構築出来る建築人の可能性も再確認出来たように思います。冒頭の講義を含め、お力添え頂いた方々には本当に感謝です。
本学会にも様々な教育関係の活動や研究が行われています。そうした資源とも連携して建築教育の可能性をさらに深めていきたいと感じた2023年最初の月でした。

第7回グローバル化人材育成プログラム準備始動
第7回グローバル化人材育成プログラムの準備が始動しました。本会主催し、全国から応募した約50名の学生と国際的に活躍している4名の講師、それと企業、大学のメンター14名が中心になって2日間にわたって行う大変密度の濃いワークショップです。学生は面識のない者同士が7,8人ずつの7チームに分かれ、まず全員で1人の講師の国際性豊かな経験談を含んだ講義を聞き、その後にその講師から現代の建築や国際社会などに関する課題を出されます。その課題に対する提案をチームごとに1時間という短時間で議論し発表資料にまとめ上げ、最後に全員の前でチームごとに数分のプレゼンテーションを行います。これを1日2回、2日間で4回行います。4名の講師は、意匠、施工、エンジニアリング、都市開発などのバラエティに富んだ各分野から来ていただくので、課題の内容も非常に変化に富んでいます。
本事業は歴代の国際担当の副会長が担当するということで、私は昨年初めて伊香賀前副会長が担当した第6回のプログラムにオブザーバー参加しました。実は私は、このようなワークショップがグローバルな人材育成とどのように関係があるのか、と懐疑的でした。しかし、実際に活動を目の当たりにすると、急ごしらえのチームが極端に限られた時間の中で、互いに知恵を絞りあって1つの提案をまとめていく過程、また、その課題が様々な国際性を含んだ課題であって、グローバルな視点を抜きに提案が成り立たない課題が多いという点、など、大変に密度の高い2日間で、充分なトレーニングになるということを実感しました。
2年間のオンライン開催を経て、昨年から対面開催に戻りました。マスク着用とはいえ、全国各地から大学1年から博士課程までの学生が、建築会館ホールいっぱいに広がって、活き活きと交流しつつ、創造力を駆使して提案をまとめていく姿は、学会活動の持つスペクトルの中でもかなりシャープなピークを感じさせてくれるものです。本年も全国から多くの参加希望者に集まってもらえるように、第7回の開催に向けて小委員会の方々と是非よい準備をしていきたいと思っています。
建築雑誌2022年12月号 pp.61-63

日本学術会議の土木工学・建築学委員会 感染症拡大に学ぶ建築・地域・都市の在り方分科会が主催した公開シンポジウムが1/22(日)にweb開催されました。
「機能分化社会から機能混在社会へ」というテーマで7名の発表とコメンテーター2名を加えた総合討論で3時間のプログラムでしたが、聴講していると興味深い話が続出し、あっという間に時間が過ぎました。
YouTube
https://youtu.be/0ru_ToWOUeo
イベント概要
https://www.scj.go.jp/ja/event/2023/333-s-0122.html
「機能混在」というキーワードは個人的にも昨今強く感じていることで、リモートワークやリモート授業等が常態化している中では、建築空間が本来の用途を実行する場としての存在意義が薄らいでいるということ。言い換えると、別の場所でその機能が実行できてしまっているということに他なりません。
オフィスで行われていたことが、自宅の書斎やリビングで難なく行われ、機能的には住宅はオフィスでもあり学校でもあるということになります。それ以外の場所や移動空間も含めると、まさにどこでもオフィス、どこでも学校です。さすがに寝る場所や食べる場所など、現実の行動が伴う場は特定されるでしょうが、学ぶ、働く、交流する、考える等の行為は機能分化された建築空間に縛られる必要がなくなってきているということです。するとこれからの建築空間はどのようなつくりになっていく必要があるのか?この疑問に対して、コメンテーターを務めた古谷誠章先生は「クローズした空間はオープンにしにくいがオープンな空間は仕切っていくことができるので、そういうあり方が求められるのではないか」と語っていたのが印象に残りました。
上記に関連して興味深かったのが、1/23(月)に行われた「WASEDA稲門経済人の集い2023」での菅野寛氏(早稲田大学ビジネススクール・経営管理研究科教授)による「パラダイムシフト:資本主義の次に来るものは?」というテーマの講演です。個人的かつ勝手な解釈で要旨をまとめると、
・ 大きなパラダイムシフトは徐々に変化するのではなく、現状維持に我慢して我慢してどうにもならなくなった時に爆発的に起こる。
・過去のパラダイムシフトは、産業革命を契機にした封建社会から資本主義社会への移行である。
・産業革命以降、巨大資本や大量生産を正義として資本主義経済を牽引してきたが、今DXが様々な分野で進行し、UberやAirbnbといった小規模なベンチャー企業がこれまでの大手企業の優位性をまたたく間に凌駕している。
・モノの生産においても3Dプリンターは、大量生産可能な大規模工場(=資本主義社会における大きな優位性)を脅かすだろう。
・これらのベンチャー企業は大きな資本を必要とせず、従業員も少数。資本主義の次に来るものの詳細な実態は不明だが、今は産業革命以来の変革期にある。
ここで話を戻すと、「機能混在」で変わるものに、工場などモノを作る現場はさすがに対象ではないと思っていましたが、パラダイムシフトした社会構造も合わせて考えて行くと、住宅はホテルにも工場にもなり、機能混在はとどまるところを知りません。一体、建築空間はどこに向かうのでしょうか?
新年早々のとりとめのない妄想をお許しください。
