第18回 会長・副会長からの近況報告(メルマガ)(2022年11月2日配信)

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 大会も終わり、ほっとした1ヶ月でした。新型コロナウイルス感染症により働き方が変わっています。大学でも2020年4月以降、講義や実験、製図教育も一変しています。私の大学では2022年度からは出来る限り対面授業の方針になっていますが、自宅から聴講する学生もいるため、講義はネット中継を行っています。録画もアップして欲しいという要望もあります。もしかすると2倍速で聴講している強者の学生もいるかも知れません。教員側も昔は予定が重なった時には休講せざるをおえませんでしたが、ビデオ録画のオンデマンド授業で対応したりしています。DXにより教育方法もさらに変わってくるのではないかと予想しています。海外の状況も知りたいところです。
 オフィスでの働き方も変化しています。ザイマックス不動産総合研究所の調査では、コロナ収束後の企業の出社率の意向は約7割で、多くの企業が出社とテレワークを使い分けるハイブリッドワークを採用する意向であると報告しています。米国では、ネットによるレストラン予約や航空券予約はほぼコロナ前の状態に戻っているそうですが、オフィスへの出社率は昔に戻らず5割を下回るそうです。日米の企業も原則出社、原則リモート、ハイブリッドと様々なポジションをとっています。また、通勤時間が長いワーカーはテレワークを上手く利用しているようです。我が国では住居の狭さもあり在宅勤務だけではなく、サテライトオフィスも注目されています。
 テレワークで最も大きな問題はコミュニケーションの不足です。我々の調査でもちょっとした立ち話や声かけが難しいという指摘がされています。上司にきちんと評価して貰っているのかと心配している若者もいるようです。新型コロナ流行前におけるワークプレイス戦略は、ほとんどの企業が人数の増減にあわせてオフィス面積を考えるという方向でした、これをどのようにすればよいのかと社会の模索が始まっています。日本生産性本部の報告によると我が国はOECD加盟国38カ国中28位と労働生産性が極めて低い国になっています。建築の力でなんとか解決出来ないでしょうか。
 大学でワークプレイスの話をしていたところ、通信環境が発達してくるとバーチャル空間のオフィスデザインの方が盛んになるかもしれないと学生がコメントしていました。東京大学もメタバース工学部を開始したとのことで、こちらもどのような方向に進むのか興味津々です。

ザイマックス総研の研究調査
https://soken.xymax.co.jp/reportlist/

東京大学メタバース工学部
http://www.t.u-tokyo.ac.jp/meta-school

 
田辺 新一
会長 田辺新一(早稲田大学教授)
 久しぶりに海外出張(米国に)をいたしました。これまでの2年8ヶ月間、コロナ当初はフライトがなくなったり、原則渡航禁止になったりしましたし、数ヶ月前までは再入国する際に煩わしいPCR検査が必要であったりしたために、以前は頻繁に行っていた海外出張を中止していました。現在もパンデミックが終焉したわけではありませんが、国内外において以前のような人の往来が戻りつつあります。久しぶりに出席した会議では、満席にもかかわらず誰もマスクを着けておらず、「郷に入っては郷に従え」ではないですが、マスクを着けていることが後ろめたくなるような気分になりました。しかし、頑なにマスクは外しませんでした。米国でも決してコロナが治まった訳ではありません。この日本との違いは何なのでしょうか?10月末における人口当たりの感染者数が日本の40%程度と少ないことだけが原因とは思えません。
 さて、先月もお伝えいたしましたが、土木学会との共同タスクフォースが始まりました。両学会が共同することへの期待やその意義に関するアンケートも、皆様方のお陰で多数集まり、非常に興味深い結果も出てきています。その結果は、12月12日午後2時から開催される合同シンポジウムで公表される予定です。このシンポジウムでは、両学会長(日本建築学会:田辺新一会長、土木学会:上田多門会長)のオープニングの挨拶に続いて、活動を始めた複数のWG主査からの現況報告や両学会代表者数名による意見交換会も予定されています。オンラインでの聴講や議論への参加ができますので、是非ご参加いただき、会員皆様の貴重なお声をいただきたく存じます。米国と日本との違いほど、土木と建築とは違うのか、米国と日本との関係のように、土木と建築とは協力して明るい未来を描くことができるのか。今後数年間における共同タスクフォースの活動は、とても重要であると思います。30年間低迷を続ける日本社会を脱却するためにも。

 
野口 貴文
副会長 野口貴文(東京大学教授)
 第28回日本APECアーキテクト・プロジェクト・モニタリング委員会に9月20日オンラインで会長代行として参加しました。「APECアーキテクト」は、一級建築士登録後に3年以上の複雑な建築物の設計等の責任ある立場での実務経験をもつなど、定められた要件を満たし、認められればAPECアーキテクト・プロジェクトに参加している国や地域においても、アーキテクトとしての同等の能力があると認められます。まだまだ認知度の低い制度ですが今後日本のマーケットが縮小していく中では職能として考える必要があると思いました。
 また10月4日には全国建築系大学教育連絡協議会にオンラインで参加しました。新型コロナウイルス感染症の影響の中で、各校で様々な建築教育をめぐる工夫や取り組みがなされている傍らで、国内で進行する若年人口の減少の影響を受けて、就職活動の早期化・長期化が進んでいることが問題視されました。また2018年の建築士法改正による受験・登録要件変更に伴う影響も生じてきており既に入社する時点で、製図まで合格や1次に受かり製図を待つだけという学生も出てきています。大学や大学院での建築教育は資格というハードルが入り込んできており本来行うべき教育の在り方が問われているという問題提起を受けています。産業界としては決してそうした人材を求めている訳ではなく、あるべき教育を受けその成果を求めているのであり学業に専念し資格は社会に出てからで良いという意見を述べさせていただきました。またインターン制度を使った過度な就職活動の早期化も人材の育成を図る上で慎むべきと意見させていただきました。産業界としても真摯に受け止めなければならない課題です。

 
田名網 雅人
副会長 田名網雅人(鹿島建設㈱常務執行役員建築設計本部副本部長)
 日本建築学会、中国建築学会、韓国建築学会が隔年持ち回りで開いてきた研究交流会、ISAIA、今年は11月30日-12月2日、中国武漢で開かれます。Covid-19で何回か順延されましたが、中国建築学会をはじめとする関係各位の尽力で実現の運びとなりました。テーマは、Sharing Healthy Cities for More People。短い周知期間にもかかわらず日本からも多くの論文が集まっています。論文投稿者中心のオンライン開催ですが、Covid-19対策でやむを得ない判断かと。発表される皆様が日ごろの成果を広く発信されますよう祈念しております。次回、14回大会は、2024年、日本開催です。牧紀男委員長以下、本学会アジア建築交流委員会メンバーが、魅力的な企画を練っておられます。楽しみにお待ちください。
 このように海外との交流も再開されつつあります。しかし世界は、2年半、ただ巣ごもりしていたわけではありません。もともと進んでいたデジタル化をさらに進め、国を超えた業務提携や契約などの在り方を様々に開発中で、依然慎重な我が国との差が益々つくことが懸念されています。
 私事ですが、今年の前期、米国UCLAと東北大学で大学院のクラスをほぼ同時期に担当したので、リスク社会における2022年版のギーディオンの「空間・時間・建築」の目次とサンプルページを作る同じ課題を出題しました。両者とも積極的に取り組んでくれましたが、「本」という枠組みを軸にオリジナルなパッケージを提案しようとする前者と標準的パワポフォーマットにコンテンツをてんこ盛りに詰込む後者の差に驚きました。外部にある共有知を梃子に自論を深く届けようとする前者と、受け手の善意に寄り添って努力を無垢にアピールする後者、ポストコロナのフィールドでどちらが優位でしょうか..。こうした気づきをおざなりの若者批判に矮小化することなく、教育改革につなげていく必要性を改めて実感しております。後者の存在理由となっている同質化圧力の強い社会を作ってきた責の多くは、我々以上の年代にあるのでしょうから。

ISAIA
https://www.aij.or.jp/international-sympo.html

 
小野田 泰明
副会長 小野田泰明(東北大学教授)
梨泰院の大惨事
 韓国ソウルの梨泰院の路地で、10月29日(土)の夜、150名を超える若い命が短時間に失われるという、大変痛ましい大事故が発生しました。ご親族、友人の心痛は察するに余りあります。新型コロナ禍で極度に制約された生活が続いただけに、ハロウィンのお祭りムードに多くの若者が集いの場を求めて集まっていました。狭い路地の坂道に安全限界を超えた高密度の群衆と人流が発生し、数十分間の内に多くの圧死者が出てしまったようです。報道番組中の専門家のコメントでは1m四方に10名以上が密集した状態では群衆雪崩の危険性が非常に高くなるとのことですが、この極端な人流の集中は当局にも予測が難しかったようです。
 事故発生直前の報道動画で見ると群衆の動きには見慣れない波動のような動きがあるように見えます。人と人との間に空隙が無くなると、人体を媒質とした平面的な波動の様なものが発生するのかもしれません。人体耐性を超えるようなレベルの疎密波が発生すれば短時間に多くの命が奪われてしまいます。
 何らかの誘因力を持った場所に人が集まろうとしており、そしてその規模が予測不能である場合、このような高密度の群衆の発生はどのように防ぐことができるのでしょうか。
 一つの方法は教育ではないかと思われます。ある程度以上に集中した群衆を作らないように意識的な行動をとる教育を行う、ということですが、それでもひとたび人流に巻き込まれてしまうと、そこから逃れることすら難しいと思われます。本来はある程度以上の高密度な人の集中が発生しないように管理することが必要なのだと思いますが、それもいつも可能であるとは限りません。
 首都圏の通勤時の満員電車は、日常的に極限的な状況を繰り返しています。吊り革等につかまることによってかろうじて大惨事が発生しないように条件が与えられているのだと思います。人口密度の高い地域に暮らす人々は日常的に高密度な群衆に巻き込まれることに慣れてしまっています。梨泰院のような痛ましい事故は、2度と起きてはならないのですが、実は我々はそのような危険とすぐ隣り合わせの状況で暮らしていることを再認識する必要があると思われます。

 
川口 健一
副会長 川口健一(東京大学教授)
 先月は「建築文化週間2022」開催月でした。様々なイベントが行われましたが、その中で今年20回目を迎えた銀茶会を訪ねましたので、そのご報告をさせていただきます。
 銀茶会公式サイト:http://ginchakai.ginza.jp/
 銀茶会は銀座通りの10か所に各流派が臨時の野点茶席を設け、お茶席を広く体験してもらおうという試みですが、その中の1か所は創作茶席を学生コンペで選び、実際の茶席を学生自らが作成して展示し、そこで茶菓が提供されるというものです。
 47作品からグランプリに選ばれたのは、広島大学M2山下正太郎君他3名の作品「秋の木」です。県産杉材3mm厚の単一部材を組合せ絹糸で接合するという単純な仕組みで、魅力的かつ可変性のある空間を生み出しています。さらに運搬時には薄板材の束になるという優れものでした。その他の優秀作、入選作も学生らしいアイディアにあふれた魅力あるものでした。茶席の体験と相まって、一般の方々に建築を学ぶ学生のアイディアを身近に見てもらえるいい機会になっていると感じました。
 https://www.aij.or.jp/jpn/symposium/2022/chaseki22_result2.pdf

 もう一つ、追伸的な話題。9月のメルマガでご紹介した、吉阪隆正設計のヴィラ・クゥクゥのリノベーションが完了したようです。
 Casa BRUTUS 11月号:https://casabrutus.com/posts/324627
 30ページ余りに亘り詳しく紹介されています。初めに写真をざっと眺めた段階での印象は「奇麗すぎる」ことへのちょっとした違和感でした。しかし考えてみると、クラシックカーのレストアのようにコレクションとしてオリジナルにこだわって所有するのではなく、あくまでも住む機能を有した住居としての存続を前提とするのであれば、一つの理想の姿にも見えてきます。記事を読み進めると、改修設計を手掛けた杉本博司氏・榊田倫之氏とクライアントである鈴木京香さんが夫々で考え、協議した結果として充分合点がいきました。さらに、ご本人は今後この家の「管理人」に徹するとのこと。蘇った建築とのその素敵なかかわり方にも脱帽です。
 ヴィラ・クゥクゥの他、安藤忠雄の六甲の集合住宅、坂倉建築研究所のビラシリーズ、吉村順三の箱根山のマンションが取り上げられています。ちなみにアマゾンプライム会員の方は無料で閲覧できますよ。

 
山本 茂義
副会長 山本茂義(㈱久米設計上級担当役員設計本部プリンシパルCDO)


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