第16回 会長・副会長からの近況報告(メルマガ)(2022年9月2日配信)

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 新型コロナウイルス感染症が流行する前、2018年にオーストラリアに出張しました。その時に米国の友人が基調講演をしていましたが、主催者が彼の航空券代金を支給するということになっていました。彼は主催者に航空券の代金を支給して頂き大変感謝しているが、フライトによって排出される二酸化炭素に関しての大学のオーバーヘッドも負担して貰うことは可能かと問い合わせていました。当時、私は何のことを言っているか、直ぐに理解ができなくてキョトンとしていました。彼から詳しく聞くと、米国の大学から出張先までのマイルにもとづき内部的な炭素税を研究費から徴収きれるのだと聞いて驚きました。我が国でもこのようなカーボンプライシングが、2020年の脱炭素宣言以後議論されるようになりました。製造業ではないサービス産業においては、出張に伴う温室効果ガス排出はそれなりの割合を占めます。設計事務所などでは現場に向かう出張での排出は大きいでしょう。学会内でも出張に伴う排出を精査すべきだという意見もあります。それは良いと思いますが、それによって対面での交流や会議がなくなることは残念なことです。WEB会議ではなく、シンポジウム終了後の建築会館周辺での本当の意味でのシンポジウムは格別です。私のような世代にはその時間が大変貴重だという意識があります。そのようなこともあり、世界的には航空分野の脱炭素対策が加速しています。航空分野では航空機からの二酸化炭素排出が圧倒的に大きいのですが、SAF(サフ:Sustainable Aviation Fuel)の調達が課題になりそうです。アフターコロナのツーリズムはこのようなことも考えたグリーン化すると予測されています。我が国でも空港や周辺に太陽光発電を大規模に設置する計画も進んでいます。空港の脱炭素化も大切になります。建築物省エネ法と同じ通常国会で航空法も改正されました。本邦航空会社は、航空運送事業脱炭素化推進計画を作成し、国土交通大臣が認定することになりました。海外からのインバウンドが復活したときに、そのような経由地しか選択されなくなるのではと心配している方々もいます。サンフランシスコ国際空港のターミナルビルは2012年からゼロエミ電源が用いられています。
 話が変わりますが、支部訪問や会員の方々から要望があった学会論文集(黄表紙)の目次復活に関しては、ホームページの学会からのお知らせにpdf目次を毎月掲載することに致しました。8月号から掲載しています。お時間のあるときに、クリックして頂ければと思います。貴重な御意見に心から感謝しております。

国土交通省航空局、空港分野におけるCO2削減に関する検討会
https://www.mlit.go.jp/koku/koku_tk9_000046.html

同、空港建築施設の脱炭素化に関する検討WG
https://www.mlit.go.jp/koku/15_bf_000238.html

 
田辺 新一
会長 田辺新一(早稲田大学教授)
 数か月前(本年5月号)のメルマガで、日本建築学会と土木学会との合同タスクフォースが設置され活動を開始したことを紹介させていただきました。その後、各テーマ(①建築物・土木構造物および建設材料のカーボンニュートラル・資源循環、②豪雨・洪水・地震・津波・都市災害・複合災害などに対する防災、③建築物・土木構造物の設計・メンテナンス基準、④建築物・土木構造物の設計・建設・メンテナンス・利用における情報活用など)に関して両分野の有識者による話合いが進みつつあります。そして、今月から来月にかけて、会員の皆様全員を対象にとはいきませんが、土木学会との連携に関する簡単なアンケートを実施することとなりました。たとえば、
1)建築の役割は何か?土木の役割は何か?
2)建築と土木は連携する必要があるか?
3)建築と土木が連携すべき課題は何か?
4)建築と土木が連携するに際しての課題は何か?
などに関して、常置委員会の方々を対象にアンケートを実施する予定です。どのような回答が返ってくるかは想像しにくいところもありますが、12月12日(月)に土木学会・講堂において開催されるキックオフシンポジウムにおいて、アンケート結果を公表することになりそうです。これに関連して、先日、田辺新一・日本建築学会会長、上田多門・土木学会会長とそれぞれ個別に対談を行わさせていただきました。対談のテーマは、「建築と土木では、どう角度が違って見えるのか?『持続可能な社会の実現に向けて、建設業界全体で取り組むべきもの』」です。田辺会長のすこぶる滑舌の良い語り口からは、日本建築学会の輝かしい未来を感じることができました。

https://rrcs-association.or.jp/log/2011_8.html

でご覧いただけますので、お時間が許せば是非覗いてみてください。

 
野口 貴文
副会長 野口貴文(東京大学教授)
 新型コロナの水際対策で、日本政府は外国人観光客の受け入れ制限を続けている。今年6月に約2年ぶりに観光目的の入国ができるようになったものの、主要7カ国(G7)で最も厳しいとされる条件が足を引っ張り、相変らず多数の観光客は訪れていない。そもそもツアー参加でしか入国できない。それでも日本を訪れることを夢見る海外客は非常に多いようだ。往来再開の遅れは日本の観光地にとっても大きな打撃である。そのプレゼンスを維持するためにも、個人旅行客の受け入れの早期再開が望まれる。米国大手旅行雑誌読者投票ランキングの2021年版では東京が1位に選出された。2位には大阪、3位に京都がランクインし、上位3位を日本が独占した。ちなみに4位以下は順に、都市国家シンガポール、メキシコ、トルコのイスタンブールとなった。渡航禁止にもかかわらず、日本がトップであることは、都市別のみならず、日本という国全体の観光魅力度も高く、そしてまだまだ、安心して過ごせる治安のよい国という評価を国際的に得ているのである。夏休みに海外に出かけたが今やマスクをしている人は全くいない。スーパーや屋内、交通機関でも全くである。帰国時、飛行機に乗る際にマスクの着用を義務付けられ、日本に戻ることに気づかされる。国内に戻る際のPCR検査や、国内に戻っての空港での長い歩行距離とラウンジまで使っての検査の数々、海外の状況との格差があまりに大きく、鎖国日本に驚くばかりである。世界で評価される日本の優位性はいつまで保たれるのだろうか。

 
田名網 雅人
副会長 田名網雅人(鹿島建設㈱常務執行役員建築設計本部副本部長)
 自治体の設計者選定に助言を求められることが増えています。関わらせて頂いている事業の多くは、困難ですが発注側の意識は高く、身の引き締まることばかりですが、全体としては厳しい空気を感じています。
 途中まで正当な設計者選定として進めながら審査委員会に諮らない見積合せで最優秀者を逆転した事例、審査委員会外での失格評価を拡大解釈して選択肢を偏向させようとしたとしか思えない事例など、にわかには信じ難い話も聞き及びます。選定は上手く行っても、発注側が案の可能性を表面的に評価して、過酷な業者扱いの挙句に出現するはずであったバリューを無化してしまった、予算や期間の縮減可能性に飛びついて情報の非対称性のリスクを引き取ってしまった、という悲しい話も耳に入ってきます。
 プロポーザルや設計競技で案を募ることは、自治体外の資源の活用で成り立っているので、資源維持の責任を発注者が共有するのは当然です。また、リスク回避に加えて事業が発揮するはずのバリューに配慮することも当たり前の責務です。しかし残念なことに、「ここは○○市(または町)です。○○のルールに従って何が悪いんですか。世界(またはバリュー)云々は、お気楽な理想論ですよね。」という思想が幅を利かせているかもしれません。こうした問題の責任は、発注側のリテラシーに起因するものが多いようですが、同調圧力に晒されつつ、分かりやすい成果とリスク回避の両方が求められる現場では、ここに落ち込むリスクはだれにもあるのかもしれません。
 近年、EBPM(Evidence Based Policy Making)が注目されるなど改善の兆しもありますが、長い時間を掛けてバリューが発現する建築ではこれは諸刃の剣にもなる手法であり、我々には充実した知見の準備が求められています。
 9月5日から開催される日本建築学会大会(北海道)でも、様々な機会があると思います。簡単に答えの出る話ではないと思いますが、皆様と議論を深められれば幸いです。

 
小野田 泰明
副会長 小野田泰明(東北大学教授)
関東大震災99年
 本年9月1日で関東大震災発生から99年が経ちました。この大地震は5分間に本震と2つの余震 (いずれもM7を超える) が連続して発生したとされています。10万人を超える犠牲者のうち約9万人は火災により亡くなり、家屋の倒壊による死者は約1万人程度とされています。私のように首都圏周辺で育った人々は、子供の頃から、次の関東大地震は、今この瞬間に起きてもおかしくない、と言われ続けて育っています。
 多くの災害に耐えて生き残ってきた日本人は、ある意味で健忘症です。どうしようもない圧倒的な自然の力の脅威の下で心の健全さを保っていくためには、過去にくよくよせず、早期に未来を向いて生きていくメンタリティが必要です。しかし、今日我々が経験している災害は過去の経験を活かし、想像力を最大限に働かせて、備えておくことで未来に起こりうる被害を大幅に軽減でき得るものも多くなっています。都市の不燃化や耐震化などの技術が進むことによって、火災や家屋の倒壊から命を守ることは徐々に達成されつつあります。しかし、災害は、人為的な問題のより多い、脆弱な場所を容赦なくあぶりだしていきます。近年の大地震は、むしろ、仕上げ材や設備、電気や通信に高度に依存した暮らしと社会に大きな影響を与えることが明らかになってきています。新たな建築と社会の備えのあり方について建築学会の立場からも改めて考えていく必要があると思っています。

参考:
武村雅之 関東大震災 大東京圏の揺れを知る 鹿島出版会 2003年
災害教訓の継承に関する専門調査会 関東大震災報告書第1編 中央防災会議 2006年7月

 
川口 健一
副会長 川口健一(東京大学教授)
 8月初旬に八王子の大学セミナーハウスを訪ねました。ご存じの通り、吉阪隆正+U研究室の設計で1965年に1期が竣工し、既に57年経過しています。今回のきっかけになったのは、今年3月から6月に東京都現代美術館で開催されていた「吉阪隆正展」です。大学時代に僅かながら直に接することができた吉阪先生の個性あふれる人物像が改めて思い起こされ、40数年ぶりに実作に触れてみたくなりました。
 盛夏ということもあり緑が鬱蒼と生い茂った丘陵地に、かつての記憶通りに主要な建物群は大地にしっかりと根を下ろしていました。7群あったユニットハウスは、そのほとんどが失われている等、増築棟も含めて雰囲気が変わった部分もありますが、「人と人のコミュニケーション単位を自然環境の中におきながら考える場をつくる」という吉阪思想は今でも息づいているように感じました。
 老朽化が進む中、運営している公益財団法人大学セミナーハウス様は、オリジナル建築を保全しながら時代に沿わせていくことに、ご苦労が絶えないのではないかと感じました。多くの他事例とともに、次世代に伝えるべき建築資産をどのように継承していくことができるか、改めて考えさせられる一日になりました。
 ちなみに、同じ吉阪設計のヴィラ・クゥクゥ(1957竣工)が解体の危機にあるところを女優の鈴木京香さんが引き受け、現在オリジナルの再生に向けて工事を進めているとのこと。このような救世主がいると建物は幸せですね。
 Casa BRUTUS記事:https://casabrutus.com/posts/300180

 
山本 茂義
副会長 山本茂義(㈱久米設計上級担当役員設計本部プリンシパルCDO)


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