第14回 会長・副会長からの近況報告(メルマガ)(2022年7月4日配信)

  • 毎月1回のペースで、会員の皆さまに会長・副会長からの近況報告をメールマガジン形式でお届けいたします。
  • ※メールマガジンの登録はこちらから。

 6月にしては異常な高温が続いています。このメルマガが配信される頃までには、落ち着いて欲しいと希望しています。暑熱環境への順化には2週間程度が必要とされています。真夏よりもさらに熱中症などに注意頂ければと思います。暑い中でしたが、京都大山崎にある藤井厚二による「聴竹居」1928年竣工を訪問させて頂きました。一度、実物を拝見しておきたいと思っていましたが、なかなか機会に恵まれませんでした。松隈章氏に案内を頂きました。ちなみに、同氏は「聴竹居」の再発見・調査研究・著作・広報と所有者に寄り添い地元住民を巻き込んだ長年にわたる保存公開活動により2018年の日本建築学会賞(業績)を受賞されています。また、2022年の日本建築学会賞(業績)は、野沢正光氏を代表理事とする一般社団法人住宅遺産トラストが受賞されています。歴史的な住居が育まれ続けられてきた住まい方を継承することは極めて大切だと思います。
 環境共生住宅の原点とされる「聴竹居」ですが、クールチューブや天井排気口などの自然換気システムがよく知られています。藤井厚二が竣工後直ぐの1930年に英文で紹介しているように、国際的にも気候風土に根ざした建築が必要なことを紹介したかったのだということが良く理解出来ました。パッシブ的な面が強調される「聴竹居」ですが、分電盤、電気配線の配管化、貯湯槽給湯シャワー、スイス製電気冷蔵庫、アメリカGE社製電気調理器(現在は撤去)など極めて最先端の設備が取り入れられていることに驚きました。ソフト、ハードの両面で最先端住宅を目指していたと伺って納得しました。また、健康性や快適性に大変気を遣ったことが国民衛生への投稿からも伺えます。1988年に日本建築学会計画系論文集に収録された堀越哲美、堀越英嗣の「藤井厚二の体感温度を考慮した建築気候設計の理論と住宅デザイン」に詳しく紹介されています。1960年代に計画原論と建築設備分野が合体する形で命名された建築環境工学という名前ですが、その元の建築計画原論には人間工学などの寸法に関する内容が含まれていました。
 話は飛びますが、6月13日に「建築物省エネ法」が成立し、6月17日に公布されました(令和4年法律第69号)。脱炭素化に加えて、ロシアのウクライナ侵攻により、国際的にエネルギー価格が高騰していることもあり、住宅・建築物における更なる省エネが求められています。その時に我慢の省エネでは駄目なことは明らかです。日本の住宅の冬の寒さが健康に与える影響に関しては、近年、村上周三・伊香賀俊治らの医学関係者との協働により様々なエビデンスが明らかになってきています。もし、藤井厚二が今では当たり前になっているエアコン、太陽光発電、電気自動車、燃料電池、インターネット、コンピューターによるシミュレーションなどの技術があればどのような住宅を最先端として建てたのであろうか、そのようなことを考えながら新幹線で京都から戻ってきました。

・松隈章、聴竹居 木造モダニズム建築の傑作 発見と再生の22年、ぴあ株式会社関西支社、2018年
・堀越哲美、堀越英嗣、藤井厚二の体感温度を考慮した建築気候設計の理論と住宅デザイン、日本建築学会計画系論文報告集、1988年386巻、pp. 38-42、doi.org/10.3130/aijax.386.0_38

 
田辺 新一
会長 田辺新一(早稲田大学教授)
 ローマン・コンクリート。それは、古代ローマ帝国時代に多くの重要な建造物を形作った建設材料です。パンテオン、コロッセオ、カラカラ浴場、アウレリアヌス城壁、ローマ水道など、現在もその雄姿は燦然と輝いている。古代ローマ帝国は、コンクリートを、戦車・兵士の通行や水道などの社会インフラを整備するための武器として、領土拡大を図り、1000年以上に渡る繁栄を築いた。しかし、古代ローマ帝国の滅亡とともに、コンクリートは姿を消し、次の中世の1000年間、コンクリートは表舞台に立つことはなかった。かろうじて、石積みのための目地用モルタルとして形を変えて生き長らえた。1759年にスミートンのエディストーン灯台として復活するまで。そして、現在。我々は石灰石からポルトランドセメントを製造し、それをコンクリートの主要材料として用いて多くの建造物を世界中で建設している。石灰石を構成する主要な元素のCaは、地殻(地球の表層部、表面から地下数10kmまで)で5番目に多い元素であるが、このままポルトランドセメントを生産し続けると、私の試算では、我が国では、2053年に確定可採鉱量に、2092年に推定可採鉱量に、そして2217年には予想可採鉱量に到達する結果となった。つまり、200年後には、コンクリートによる建造物は完全に建設できなくなってしまうのである。さて、我々は今何をどうすればいいのであろうか。

 
野口 貴文
副会長 野口貴文(東京大学教授)
 会長副会長の記者会見の場でも記者から質問が出ましたが、この急激な物価上昇、建設資材の高騰に関する危機感は建設業界における目下の大きな課題です。今年2月の設計労務単価の3.0%引上げに始まり、同月工事原価は前年同月比4.7%上昇しました。1月~4月には、ほとんどの内装材、外装材、設備が一斉に値上げを行いその上げ幅は10~15%になっています。またその後のウクライナ問題による、石油や天然ガスなどの輸出の停滞による建築資材の原料や製造過程のエネルギーの世界的な供給不足が予想され、ロシアが産出しているアルミニウムや銅、レアメタル、木材、石炭などアルミサッシや、石油由来の塩ビを主原料とする内装材、型枠や構造用合板などが高騰を招き更なる値上げの原因となりそうです。またそれに追い打ちをかけるような 急激な円安。さらには国際情勢の急激な変化により市場の混乱がおこり原料調達や製造過程への影響が見通せないため、建材の価格上昇と納入遅延などが危惧されます。このことにより一部資材は価格の設定や納期の見通し困難を理由とした見積もり拒否など市場の混乱も起きています。設計の立場ではこうした社会状況の中、構工法の最適解を見出し最も影響の少ない材料・素材を選定しながら設計を進めて行くことが求められているのだと思います。

 
田名網 雅人
副会長 田名網雅人(鹿島建設㈱常務執行役員建築設計本部副本部長)
 米国で何人かの知人と議論した中で印象に残っているのは、自由な対話が推奨されているかの国でも、近年は公共の場における自由な対話を敬遠する傾向が生まれており、残念なことに、かつては対話の先陣を切っていた若い人にそうした傾向が強いかもしれないという声でした。連続して発生している悲惨なマスシューティングや昨年1月の連邦議会襲撃に関する下院特別委員会公聴会での証言などから推察されるように、ちょっとしたことでも破滅的な暴力に結びつきかねない昨今の状況下では、良識ある人たちが口を紡ぐのもわかる気がします。
 もちろん、そうした厳しい状況の一方で、透明性と合理に基づいたフェアな競争のもと、創造の種を温かく見守り、育て、そしてそれを社会に還流させる強靭な知性や豊かな資源は健在で、ちょっとの逸脱をよってたかって炎上させる、現代日本の余裕の無い状況は、かえって未来を喰い潰しているのではというぼんやりとした思いがよりクリアーになったように思います。空間を介して人々に参画の扉を開き、その営為を通じて社会の基礎となる場所を作り出す稀有な存在である「建築」の特性を考えると、社会像と深くコミットする必然性がむしろ増しているのではないかと。
 このように民主主義の難しさを感じつつ帰国すると、机の上に真っ赤な表紙の建築雑誌6月号が。タイトルはずばり「建築と民主主義との付き合い方」。専門性を堅持しつつもコアな問題に知性を持って向き合う本学会の矜持が示されたような内容で、興味深く読ませて頂きました。この1月から本誌の編集を担当されている岩佐委員長をはじめとする新しい編集委員会の先生方のご貢献に感謝です。7月号の特集は「建築×不動産」。次の号も色々と示唆を頂けそうで楽しみです。

 
小野田 泰明
副会長 小野田泰明(東北大学教授)
関東大震災100年
 来年2023年9月1日は関東大震災発生から 100 年となります。この間、日本は着実に建築物及び都市インフラの耐震化を図り、本会も大きな役割を担ってきました。直近 30年の阪神・淡路大震災(1995年)、東日本大震災(2011年)をはじめとする大災害は、震災は単なる地面の揺れではなく、それに伴い発生する様々な複合的な災害であることを再認識させるものでした。大災害に対する備えとは、単に揺れに対して建物の倒壊を防ぐことではなく、これらの複合的な災害による被害を最小限にコントロールし、社会機能及び市民生活を維持し、短期間に平常状態に戻ることができるように準備すること、と認識されるようになってきています。
 日本において地震は不可避の自然現象であり、さらに、その他の自然災害も高い頻度で発生します。震災時の津波や火災などに加えて豪雨や土砂災害などが増加し、停電が社会機能を長期にわたって麻痺させてしまう現象も顕著となってきています。少子高齢化の進む中で、このような災害時の社会に大きな支えとなる“備えある建築”の浸透は、建築構造分野だけではなく横断的かつ総合的な分野間の協調によってはじめて実現するものです。建築の真価は竣工時の美しさだけでなく、20年~30年経ってその実績として評価されるべきものに変わりつつあるのではないでしょうか。本会は既にマルチハザードに対応する連携活動を行いつつありますが、新副会長のミッションとして、関東大震災 100 周年に焦点を当てたタスクフォースを立ち上げ、建築学会としてこれからの建築の方向性及びその社会への浸透を見据えた提言を行いたいと考えています。

 
川口 健一
副会長 川口健一(東京大学教授)
 昨今、学会に限らずwebセミナーが多く開催されていますが、特に目立つのが新しいワークスタイルに関するものではないかと感じています。コロナ禍で加速したリモートワーク、オフィスのフリーアドレス化やABWに関するもの、バーチャルオフィスの出現等々。これらのことが一気に普及してきた背景には、通信環境を含めたIT・DX技術の飛躍的進歩があることは周知の通りです。
 2020年に出版された『2030年:全てが「加速」する世界に備えよ』(ピーター・ディアマンディス&スティーブン・コトラー著)によると、今まさにテクノロジーのコンバージェンス(融合)が加速度的に起きているといいます。空飛ぶ車が現実になり、商業、広告、エンターテインメントの領域に限らず、医療、教育、保険、金融、不動産といった我々を取り巻く全ての社会活動に革新的な変化が訪れるというものです。個人的には半信半疑なところもありますが、身近な建築分野でいえばBIM/CIMが常態化し、3Dプリンターによる建物が現実のものとなっているのを目の当たりにすると、あながち絵空事でもなさそうです。
 さて、これからの変化にどのようにしてついて行けるか。

 
山本 茂義
副会長 山本茂義(㈱久米設計上級担当役員設計本部プリンシパルCDO)


メルマガ案内ページへ