研究室レポート002

北海道大学大学院工学研究院「建築計画学研究室」

森 傑(北海道大学大学院教授)

建築計画学研究室を名乗る

 筆者の所属する研究室の名称は、建築計画学研究室である*1。北海道大学での通称は「第八講座」。呼び名の通り、北海道大学で8番目に設置された研究室である。建築計画学を冠とするこの名前は、他大学の建築系教員からときどき驚かれる。実は、最近の研究室で建築計画学をそのまま名称とするところはあまり多くはない。日本に建築学科が生まれた当初は、計画系の研究室は建築計画学第一研究室、第二研究室のように名乗られていた。ところが、今や絶滅危惧種のような受け取られ方である。それが避けられる背景には、少なからず建築計画学への批判が影響していると思う。例えば、施設種ごとで縦割りの型計画であるとか、標準設計に縛られた理論であるとかといった指摘である。個別多様化が進む現代では、まるで建築計画学は足枷だといわんばかりである。
 それでも、筆者は「建築計画学研究室」を名乗り続けたい。学術的にも社会的にも、その役割と責任がこれからもあると考えるからだ。建築計画学ほどその成果と蓄積が我々の生活へ根付いた学問はない。また、東日本大震災の復興や新国立競技場の建設などの論争を見れば、むしろ今日ほど建築の計画のあり方が問われている時代はない。

アクションリサーチ/On-the-Job Training

 筆者は、建築計画学を"建築を計画するための学問"と説明する。それは、建築を実際に計画する上で必要となる学術的な知という意味であり、人々が建築を計画するときにまさに日常において直面している問題に焦点を当てている。科学哲学的に表現すると、「研究的問題関心(研究のための研究)」ではなく「実際的問題関心(リアリティに迫る研究)」に基づいた建築計画学を目指している。
 研究室活動は必然的にフィールド重視である。だが、それは単に調査対象としてではない。今まさに解かなければならない諸問題に直面した現場という意味である。現場の問題を解決しながらアカデミックな課題を発掘する。アカデミックな成果を応用しながら現場の問題を解く。研究室として計画・設計に従事する際は、建築計画学の理論や成果と結びつけながらスタディを重ねる。そして、つくりっぱなしではなく、竣工後もコンセプトや手法へ埋め込んだ仮説の検証を重視している。
 教育も必然的にOJTが基本となる。実際の計画や設計へ学生が関わる際も、基本的な指示のみを出して丸投げし、学生自らが判断して動かなければならない状況をわざと課すこともある。学生へは「これは仕事だ」と伝え、実務現場の一員としての責任を自覚させることを心がけている。また、研究室が実践や実務を行うことの意味も常々語っている。民間の設計事務所と同じことをするのであれば、既に優秀な組織が周りに沢山あるわけだから出しゃばる必要はない。いま・なぜ・そこへ我々が必要なのか。研究室が社会へ直接関わるべき使命や役割を認識しなければならない。

東日本大震災の復興支援

 2013年6月、岩手県大船渡市末崎地区に「居場所ハウス」がオープンした*2。陸前高田の古民家の構造材を移築・再利用したもので、当研究室が設計を担当した。昔ながらの地域住民、大規模仮設団地への避難生活者、公営住宅・集団移転へ移り住む被災者の交流の場を提供し、地域復興とコミュニティ賦活へ繋がる住民活動の拠点となることを目指している(写真1)。
 居場所ハウスの設計は、建築計画学の環境移行理論に基づいている。環境移行の過程では、被災者と地域が安定した自己を回復していく上で、新しい環境づくりへ能動的・積極的に関わることが重要である。設計者の主張を反映し隅々まで計算し尽くされた、利用者が手を出し難くなる作品的な完成度は避けた。失ってしまったかつての住まいに似た親しみのある環境、自分たちの創意工夫で様々にカスタマイズすることが容易に想像できるような環境の実現を目指した。竣工後も定期的に利用実態調査を実施し、居場所ハウスがどのように人々と地域の心理的・社会的回復へ貢献できるのかを学術的にレビューしている*3
 また、宮城県気仙沼市小泉地区の集団移転へ向けての支援も継続している。小泉地区は、2011年4月に「小泉地区の明日を考える会」を結成し*4、被災直後の避難所生活の中で100世帯を超える地区住民の意向を集約、移転先の土地の候補を決めた。協議会が主催するワークショップは30回以上を重ねた。住民主導による集団移転計画の成果はそのまま大臣同意を得て事業化され、2013年6月には造成工事の着工となった*5。2015年夏には造成が完了し、災害公営住宅への入居も始まる(写真2)。
 2012年に、小泉地区の防災集団移転および災害公営住宅を希望する被災者を対象としたアンケート調査を実施した。全体的に見れば、小泉地区でのワークショップという手法は、確実に参加者の主体性・積極性の涵養へと結びついた。しかし一方で、ワークショップへは集団移転の建築主となる年配の世代が参加することが多く、若い世代の当事者意識を高めるための情報提供やコミュニケーションのあり方が課題として現れた。ワークショップという手法ではやはり、参加しない・できない住民に対してどのようなアウトリーチとフォローアップが必要なのかを緻密に検討し準備することが重要である*6

まちの整体

 研究室が取り組む現場は、深刻な人口減少や生活環境の問題を抱えていることが多い。人口約5千人の北海道上士幌町では、公営住宅の更新、公共施設の再編・複合化、公共交通の再構築、土地利用の合理化などの横断的・総合的な計画に取り組んでいる*7。先日、研究室設計による旧職員住宅を改修した移住体験住宅もオープンした(写真3)。
 「まちの整体」は、筆者による造語である。地方で未利用・低利用なまま抱えられている公共建築群の再編を軸にしながら、人口3割減時代を見据え、地方都市の広義の適正規模化を図るものである。いわゆるコンパクトシティ論のように聞こえるかもしれないが、都市構造に対する捉え方と目標の描き方がそれとは本質的に異なる。
 地方の小都市は、国レベルの高度成長・人口増加における生産と消費に追従すべく、これまで必死になって筋肉をつけてきた。筋力を上げるためなら、中央からのドーピングも積極的に受け入れた。しかし当然、そのような不自然な筋肉増強は本来の骨格には見合わない。筋肉とのバランスを欠いた骨格は、酷使されることで様々な歪みを生じることとなった。そして、低成長・人口減少への変化の中で次第に痩せ細り、ごまかし続けてきた歪みも、生活に支障をきたす痛みや病となって現れはじめた。「まちの整体」は、地方都市の歪みを本来もっている骨格へ整え、老いが進みながらも適切な代謝を維持し、大手術や投薬に頼ることなく最期まで自力で食べて歩ける身体へと改善しようという戦略である。
 我々が抱える諸問題は極めて複雑で、それが深刻になればなるほど要素分解的に解くことはできない。建物の種類や大きさで細分化された従来の建築計画学では限界がある。脱スケール・脱ビルディングタイプが求められる。気仙沼市小泉地区の集団移転計画をはじめ、筆者の研究室は建築計画から都市計画そして土木計画への越境も躊躇なく挑戦している。人々の生活の質の改善へ資する空間を計画しなければならない現場では、それらの境界や棲み分けはほとんど無意味であると実感している。

専門的なジェネラリスト

 今日の現場で必要とされるのは、特定分野のスペシャリストではないと考える。次世代の新しい社会環境を提案・実現できる専門的なジェネラリストだ。建築計画学とは本来、建築・空間に関わる知識と技術の総合化・統合化である。時代はまさに建築計画学を求めており、筆者の研究室もそれへ応え得るよう邁進している。学術と実践を行き来する現場を通じて、アカデミックなセンスを身につけた実務者、プラクティカルなセンスをもった研究者となり得る人材を輩出していきたい。



写真1 居場所ハウスでの活動の様子(2014年10月19日撮影/居場所ハウス提供) 写真2 小泉地区の造成工事の進捗(2015年6月7日撮影/小泉地区の明日を考える会提供)
写真3 移住体験住宅「十勝スカイ」第1号(2015年6月3日撮影)

*1 北海道大学建築計画学研究室 http://www.hucc.hokudai.ac.jp/~g20927/kenchikukeikaku/

*2 ハネウェル居場所ハウス,http://ibasho-house.jimdo.com 

*3 東北被災地の生活圏再編と環境移行を支えるコミュニティカフェのアクションリサーチ,科学研究費補助金・挑戦的萌芽研究,2014〜2015年度,代表者:森傑

*4 小泉地区の明日を考える会,http://www.saiseikoizumi.com

*5 小泉地区の明日を考える会:大好きな小泉を子どもたちへ継ぐために 集団移転は未来への贈り物,みんなのことば舎,2013年7月

*6 住民主導の集団移転におけるコミュニティの継承とソーシャル・キャピタルの再生・再構築,厚生労働科学研究費補助金・地球規模保健課題推進研究事業,2012〜2014年度,代表者:森傑

*7 森傑:北海道上士幌町「5,000人のまちづくり」のビジョンと方法 バックキャスティングとしての再編計画と空間デザイン,日本建築学会編:公共施設の再編 計画と実践の手引き,森北出版,2015年2月,pp.95-106

森 傑(もり・すぐる)

1973年兵庫県尼崎市生まれ。建築計画・都市計画。1996年大阪大学工学部建築工学科卒業。2001年同大学院工学研究科博士後期課程修了、北海道大学助手。助教授、准教授を経て、2010年から現職。2003-2004年、米国ウィスコンシン大学ミルウォーキー校客員研究員。主な編著書に『大好きな小泉を子どもたちへ継ぐために 集団移転は未来への贈り物』(みんなのことば舎,2013)、『みんなで30年後を考えよう 北海道の生活と住まい』(中西出版,2014)など。