研究室レポート001

琉球大学「入江徹研究室」
沖縄で研究室をもつことの可能性と実践

入江 徹(琉球大学准教授)

研究室の位置づけ

 入江研究室は、琉球大学の中で建築設計と研究を並行して行っている研究室で、日々、学生たちとともに建築について議論を深めています。一方で、地理的な位置づけとしては、日本で最も南・西に位置する建築設計意匠系研究室ということになります。沖縄では、ここから何を発信していけるのだろうかという不安から始まりましたが、今もその不安が消えることはなく常に危機感を持っています。沖縄だからできないとは思いたくないですし、学生たちにもそう思わせたくないという気持ちがあります。そこで、スカイプを利用した県外大学との合同ゼミを企画したり、その他の環境を整備したり、日々試行錯誤しながら諸々取り組んでいます。幸いなことに、インターネットが普及したため、情報に関してはある程度フラットな状況となり、それらはうちのような研究室のあり方にも影響を与えています。
 この研究室は、未知数なところも多いのですが、常に可能性を求めた実践を目指しています。

地の利

 琉球大学は、おそらく東京から一番遠い大学と言えますが、考えようによってはとても興味深い場所に位置している大学とも言えます。沖縄は観光地という位置づけもあり、幸いにも那覇空港と東京、大阪、福岡などを結ぶ便数が多いのです。那覇空港も那覇の街中からそう遠くありませんし、実は東京などに行くにもさほど時間も労力もかかりません。那覇空港から2時間半もあれば羽田に到着します。面白いことに、移動の効率は直線距離とは異なる原理によって成立しているのです。また、西側のアジア圏へのアクセスも充実しています。最近では、那覇空港国際線ターミナルが完成し、アジア便の便数も増えてきました。北京、上海、香港、台湾、韓国といった国へ直行便で行けるのです。当然、これらの便を利用して経由でさらに遠くへ行くこともできます。こうした状況をネガティヴに捉えるか、地の利としてポジティヴに捉えるかは、その人次第ということなのだと思いますが、わたしはできるだけ目の前の状況をポジティヴに捉えようと心掛けることにしています。以前、学生たちと香港やマカオの建築物や街を視察しましたが、それも地の利を生かしてのことです。

沖縄の建築・都市リサーチ

 研究室の研究体制としては、これまではおもに沖縄に関して歴史的およびフィールドワーク的観点からリサーチを行ってきました。有名どころの建築物や伝統形式を持つ建築物の視察はもちろんのこと、大学院生らとマニアックな近代建築を視察するツアーも行いました。沖縄は特殊な場所で、おもに戦後から1975年の海洋博開催までの期間、地元の建築家たちが沖縄の近代建築創生に大きな役割を果たしています。仲座久雄、大城龍太郎を筆頭に多くの建築家が生まれ金城信吉らへとつづき、次の世代が生まれてきました。よって、沖縄には県外建築家たちによる素晴らしい建築物と並んで、沖縄の建築家たちによる素晴らしい近代建築も存在しているのです。しかし、その全国的な位置づけはこれからと言えます。そうした中で、現在多くの沖縄の近代建築が消失していく時期に達しているため、研究室では消失前にそれらの痕跡となり得る建築物を視察してまわったという経緯があります。今後も、提案することを前提とした建築・都市についてのリサーチを行えるような環境をつくっていきたいと思っています。

県外イベントへの参加・出展

 研究室の共同での設計・制作体制としては、これまでにいくつかのコンペに応募したり、県外イベントへ参加・出展させて頂いてきました。たとえば、2011年には、横浜トリエンナーレ2011特別連携プログラム BankART LifeIII「新・港村 小さな未来都市」建築系ラジオブース内にて、入江研究室がフォルマリスト的であるということで、入江+研究室学生の作品立体パネル「FORMALISTS irie lab.」と入江が撮影した沖縄の建築物の白黒写真立体パネル「無色」を展示させて頂きました。また、2014年には、展覧会『戦後日本住宅伝説-挑発する家・内省する家』にて、入江研究室が未来的であるということで、研究室として「中銀カプセルタワービル」(設計:黒川紀章)の模型制作を担当させて頂きました。この展覧会は、埼玉県立近代美術館から始まり、広島市現代美術館、松本市美術館、八王子市夢美術館と巡回しています。このようなイベントに呼んで頂けることに大変感謝していますし、学生たちにとっても有益なことだと思っています。遠い沖縄だから呼ばれないということがないよう、常に質の高いものを生み出していかないといけないと考えています。

年間スケジュール

  本学では、卒業研究として卒業論文と卒業設計のどちらか1つを選択するシステムになっていますが、入江研究室にはおもに卒業設計を希望する学生たちが集まってきます。また、なぜか個性派たちが揃います。そして、1年を通して卒業設計に取り組むことになりますが、自分自身でこの1年間を有効に計画立てることはなかなか難しいことです。そこで、入江研究室では、研究室配属後4、5月のおよそ2ヶ月間、建築設計の課題を出すことにしています。その目的は、3つあります。1つ目は、各自設定する課題に対して建築していくためのプロセスを身につけることです。そのため、成果物だけではなく進め方も重要視しています。2つ目は、各種図面や模型、CGなどを制作する技術を身につけることです。3つ目は、タイムスケジュール管理の能力を身につけることです。これら3つの項目は、研究室配属以前に各建築設計の授業の中でほとんど身につけているのですが、研究室内では、それらのまとめとより高度な目標を設定してそこへの到達を目指すという仕組みをつくっています。この課題をクリアした学生たちは、卒業設計の技術的側面においてほぼ問題なく作業を進めることが可能になります。そのため、じっくりと卒業設計に取り組むことができ、制作作業においてもひとつ上を目指すことができるようになります。本研究室では、このような計画的なプログラムを実施しているため、学生たちは、これまで全国の卒業設計コンテストの場においてなかなかの成績をおさめてきたのではないかと思っています。

学生の学外成果

  入江研究室は、2008年度に発足して今年度で8年目になります。2014年度は卒業研究において卒業論文のみでしたので、これまで卒業設計は実質6年実施してきたことになります。特に沖縄では、組織的に建築教育を行っている大学は本学のみということもあり、学生たちにはできるだけ学外コンテストに応募するよう勧めています。そんな中で、本研究室の学生たちはこれまで「せんだいデザインリーグ」22位、34位、46位、その他100選4人、「福岡デザインレビュー」本選28選、その他本選進出5人、「JIA全国学生卒業設計コンクール」ファイナル進出といった結果を出してきました。その他、入江研究室学部4年生たちで応募した「ALA建築プロジェクト 建築学生の挑戦「都市と空き地」 Vol.2」でも、優秀作品として選ばれました。結果としては、まだまだこれからというところですが、少なくとも可能性は示してくれていると思います。仙台からは一番遠い大学になると思いますが、模型の輸送など苦労しながらもなんとかなるものです。

国際交流

  これまでに学生たちと海外視察を行った経験もありますが、最近では海外大学との交流が始まりました。本学の建築計画学研究室合同で、海外大学の学生をインターンシップとして2ヶ月間受け入れてワークショップ(WS)を開催してきましたが、今年度(2015年度)で3年目となります。研究室の年間スケジュールの中で、このWSも恒例行事として位置づけられるようになりました。研究室内の設計課題の代わりとしてこのWSを位置づけた年度もありましたが、海外の学生受入がある程度落ち着いた今年度は、これまでの反省点なども踏まえながら期間を調整して設計課題のあとにこのWSを位置づけることにしました。今後、このシステムを継続していきたいと思っています。このWSでは、作業時も発表時も英語を使用することになります。これまでの学生を見ている限りでは、英語ができるかどうかということはあまり関係がないようで、コミュニケーションをとろうとする意思があるかどうかが重要なようです。このWSを経験することで、英語も上達しコミュニケーションをとることの重要性も認識することができます。そして、学生たちは、海外へも目を向けた広い視野を持つようになっています。このような国際交流も今では、この研究室の特色と言えると思います。

推薦本

  最後に、入江研究室では特に大学院生に対していくつかの本を推薦しています。まず、一番はじめに薦めるのが、『ソシュールの思想』(丸山圭三郎 著, 岩波書店, 1981)です。建築という思考において、言語と論理というものは重要な位置づけになりますが、言語内の意味内容の限界とその領域を把握するためには言語について学ぶ必要があるということで、この本を推薦しています。つぎに、『建築の解体―一九六八年の建築情況』(磯崎新 著, 鹿島出版会, 1997)です。この本は、建築における批評性について考えることを促すために推薦しています。これら以外にもいくつかの本を推薦していますが、自らの思考を整理できるように文章力も養ってほしいと思っています。

今後について

 入江研究室の卒業生は、1期生でもまだ20代という歴史が浅い研究室ですが、常に未来への可能性を追い求めてチャレンジしていく実験性を持ち備えた研究室づくりを行っていきたいと思っています。個人的にも、つぎのステップに進むために試行錯誤している最中です。そのひとつとして、近代を受容するとともに生み出し現代につなげてきたオランダから学ぶため、オランダのデルフト工科大学に研修に行ってきました。そうした経験から得た建築と文化との関わり方について、少しでも学生たちに伝えていけたらと思っています。その他、様々な実践活動を通して、学生たちにその考え方や方法などを伝えていくと同時に、ともに考えていきたいと思っています。そして、多くの方々に、日本で最も南・西にこのような研究室が存在することを知って頂けるよう、日々目の前のことから取り組んでいきたいと思っています。

入江 徹(いりえ・とおる)

1974年生まれ。琉球大学工学部環境建設工学科建築コース准教授。横浜国立大学大学院博士課程後期修了。2015.3デルフト工科大学にて研修。受賞:「AICA施工例コンテスト2012」特別賞(2013)、「那覇市内バス停上屋意匠選定設計競技【市街地部門】」優秀作品賞(2013)など。共著:『建築・都市ブックガイド21世紀』(五十嵐太郎 編, 彰国社, 2010)など。