2020年までに、改正省エネ法が段階的に義務化される。義務化に向けてとその後に続く施策について国のロードマップが示されている。IPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)の報告書によらなくても、日常の気象変化や予期せぬ災害の増加から、二酸化炭素排出量やエネルギー消費の抑制等、気候変動の影響に対する地球規模での対策が喫緊の課題であることは、国境を超えて誰もが理解せざるをえなくなったのが、今日の状況だと言える。
4つの大きな島を中心に、南北に細長く、しかも脊梁山脈で南北、東西に分断される日本列島は、亜寒帯から亜熱帯まで多様な気候風土と地域性をもっている。我が国の現在の義務化の内容には、以下の疑問がつきまとう。日本の気候風土で培われた建築の豊かな多様性に対応するのではなく、法規制は平易さが求められることもあって、一元的技術評価尺度による空間を強いるようになる。閉鎖系住空間モデルあるいは大都市的住空間モデルを前提に、高気密高断熱を基準とする義務化は、特に温暖な地域で育んできた建築文化や建築生産、また、人々の生活意識に大きな影響をもたらすのではないか。
冬期の寒さに対してエネルギー消費を抑える対策が求められている。しかし、兼好法師がいった「夏をもって旨とすべし」とする温暖地域で育んできた開放的な住空間とは異なる指針が閉鎖系住空間モデルを前提として、義務化されようとしている。伝統的木造住宅だけに限らず、様々な地域の自然と関係をもちながら育んできた居住形式や、自然環境に対する暮らしの知恵や技術、住まい方、住まいにまつわる地域文化の持続性、あるいは地域に根ざす新しい建築的表現の可能性が大きく損なわれると危惧する。
改正省エネ法と向き合い、こうした疑問にどのように応えることができるのか、JIA(日本建築家協会)四国支部と中国支部の有志が集まり、2013年に、JIA四国・中国支部環境×建築連続セミナー実行委員会を立ち上げた。そこで環境に配慮する住宅やエネルギー消費抑制に対して、これまで個人的な経験や、思い込みで設計をしがちであったが、状況に向き合うためには科学的アプローチの重要性を認識するようになる。そして多様な地域性を育む方策を本質的に掘り下げて探り、豊かで持続可能な地域型建築の多様な提案力養成を目的とした、2年間にわたる連続セミナーを開催するに至った。
セミナーは1年目を基礎編とし6回、2年目を実践編とし5回実施した。JIA環境ラボの先学の諸先輩方の支援をいただきながら、法規制をつくる研究者を含めて、多彩な分野の造詣の深い講師を迎える。所属団体にはこだわらず、知識を得るだけではなく参加者が地域間交流を行ない、講師陣と共に、様々な問題意識を共有できる場とすることを、実行委員会は目指した。2年間にわたり、四国4県と岡山、島根県からセミナーに建築設計者が集まり、会員数は初年度約60名、次年度は約50名が集まり、最終回を残すに至る。ワークショップでは温暖な四国、中国地方においても、台風、風雨、風の状態や向き、温度や湿度、日照等、気象・気候は地域により異なり、そして培われた風土や建築に結構差異があることを自覚し合うことができ、意義深い経験をする。
セミナーを通して、何が見え、私たちはどのようなことが発信できるのか、まだ道半ばでセミナーを振り返ることができていないが、会員の多くから義務化の内容の矛盾や考慮すべき意見が多く寄せられている。
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環境×建築連続セミナー基礎編 |
環境×建築連続セミナー実践編 |
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第3回セミナーWS瓦版 |
セミナーWS |
セミナー風景第1回 |
以下、この論考は、環境×建築連続セミナー実行委員会がまとめた意見ではなく、筆者個人の見解である。
日々の実務の中で、住空間の快適性が増す断熱化と適切な施工の重要性は、認識する。しかし温暖地域における義務化は、自然の様々な働きを無視した上で、過度な外皮性能の規制値を課してしまう技術基準となると考える。建設費の上昇を伴うことであり、省エネの一元的評価が支配的な居住環境になることが危惧される。本来温暖地域から蒸暑地域においては、住居はもっと開放的であった。農業社会を基盤とし、地域の自然や外部とのつながりが強く、快適で省エネになる様々な技術や暮らしの作法や工夫があり、地場材を活かし流域を軸に循環社会をつくっていたはずだが、その知恵は反映されておらずますます持続されなくなるのではと考える。
改正省エネ法は、生活全般を一次エネルギーによって評価することとし、一次エネルギーの消費量を算定し基準内にすることと、日本列島を八地域に分け、外皮の断熱性を重視する外皮性能基準を満たすことを柱にする。住宅についても、構造計算に加え、エネルギー消費と温熱環境に設計データを集め、数値を扱う計算が求められる。地域区分があるとはいえ、外皮平均熱貫流率の基準値は富山県や石川県の北陸と四国、中国地方よりもっと温暖な九州の鹿児島県までが、同じ0.87[W/(㎡・K)]である。
日本の住居でのエネルギー消費は、用途別に大きい順から、給湯、動力・照明、そして暖房である。冷房の占める割合はどの地域においてもわずかである。北海道、東北においては給湯と暖房の割合は大きいが、近畿以南の地域においては、暖房は冷房の数倍になるが、総消費量の1/4程度である。
住宅の室内は均一に暖冷房されることを基準に、暖房時は基準温度が20℃になっている。建築設計内容と仕様を設定し計算しながら、シミュレーションを行う。外皮の熱性能基準の適合化が重視され、四国で設計実務をする者には、住宅ではこれまで実務上経験したことがない温熱性能を建築確認申請時に求められる。
規制の技術的評価は、緯度の高いドイツなどの北方の環境技術先進国をモデルにしているという。安直な理解かもしれないが、冬期は基準温度20℃、夏期は27℃とする閉鎖的室内空間で設定され、高断熱化と高気密化して、全館連続暖房冷房運転することで、優れた省エネ住宅になるという考え方だ。北欧建築では大きな高性能ガラス窓をよく見受け、テラスも設置する。太陽エネルギーを活かすこととランドスケープに対する意識が高い。しかし我が国の開口部の性能では窓を小さくし、高性能なエアコンを設置することで、法的手続きは容易になる。建築形態を単純化することで労力のかかるエネルギー計算は軽減される。これで健康的で文化的な居住環境が生まれるのだろうか。
扇風機を利用することを含めて、開口部の開け閉めを操作する行為で得られる通風、建築材料による蓄熱性、壁や床の表面温度、あるいは調湿性と相対湿度などによって、体感温度や心地よさは変わる。室内の空気温度だけがエネルギー消費量や健康度に関係するとは言えない。しかし省エネ法では、室温だけを数値基準にしている。
庇の日射遮蔽は考慮されるが、温暖地域においては植栽を含め、すだれ、葦簀等、様々な開口部による通風の工夫は快適に暮らす上で重要な室内環境維持装置であるが、省エネ法の対象にはならない。インドでは、微気候をつくるために建築申請には植栽が義務化されている都市がある。人を介して操作する通風は、体感で不快かどうかによる判断で個人差が生じるので法規制にはなじまないとして、義務化のエネルギー換算には十分反映されない。
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鳴門ウチノ海の家1 photo:北田英治 |
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鳴門ウチノ海の家2 photo:北田英治 |
拙作、鳴門ウチノ海の家を具体例として考える。完成後約10年を経過した住宅でご夫婦が住まわれている。外皮平均熱貫流率を計算すると、改正省エネ法の基準に全く届かない。構造は鉄骨と地場の自然乾燥させた杉材でつくる混構造の住宅である(写真:鳴門ウチノ海の家)。南北を棟に、北側が瀬戸内海の内海に大きく開口部が開いた住宅である。ガラスはすべて複層ガラスで、湿気対策と酷暑を和らげるために屋根、開口部以外の壁、床は通気層を設けている。十分と言えない断熱材と厚い杉板を床と天井に使用する。海に面する台風時の風雨や潮は激しく、漏水があり訪ねた。
「我慢をしているのではないが、2年間エアコンを全く使っていない。強いて言えば、冬期浴室の換気扇から入る冷気のために入浴時にヒーターをつける程度。オール電化住宅にもかかわらず電気代はとても少ない。その年の月平均光熱費は1万3千円あまり。」という話を奥さんから伺った。1階、2階とつながった空気容量の大きい住宅であるが、極端に暑い部屋も寒い部屋もない。冬期は暖かい日射を受け、夏は開口部を調整すれば心地よい海の風が通り抜ける。真夏の午後になると西北の樹木だけでは十分でなく、格好の心地よい昼寝の場所の1階東側和室に移る。夏の西陽がさす北西面は、一間幅のRC土間の次に、一間幅の縁側兼廊下があって和室となる。この空間配置は伝統的知恵でもあり、外部と内部和室との緩衝空間で、外部と内部の豊かなつながりをつくっている。
義務化の外皮性能基準を満たさなくても、エコキュートで、日中は照明が要らないので光熱費は低い。高断熱・高気密の外皮性能はなく、エネルギー使用量を少なくしているのは、場所を生かす空間計画とライフスタイルが作り出している。ご夫婦は魚釣りを日課にされ、住空間の中で海の刻々と変化する自然を日々楽しまれている。海の幸の恵みを得ているご夫婦は生活排水で海を汚すのは問題があると、排水水質がBOD1ppmになる高性能な合併浄化槽を設置した。この建築解は特殊かもしれないが、温暖地域ではその場所や周辺環境に対応したこのような省エネルギー住居や暮らし方は様々にあると考えられる。
強い台風をまともに受ける地域にとっては、たとえ精度の高い施工をしていても、建物の経年変化や劣化で漏水すると考え、対策を講じているべきと今日意識する。この住宅の内部空間は、梁、柱、床板、母屋、垂木、化粧野地板、鉄骨および木構造部は、近年多い断熱材で構造を包み込むのではなく、ほとんど現しにしている。特に木部は厚い杉の断面を室内空気に触れさせる。高度な大工技術を生かして木構造の魅力を出すことを意識し、木材がもつ呼吸と調湿作用を働かせ、いい木の成分や香りも放出する。木構造が内部に現されていると、漏水があると、問題箇所が把握できるし、濡れてもすぐに乾く。現在の高気密化住宅とは異なる考え方だ。温暖で湿度の高い地域においては、木部を腐りやシロアリから守る大切な知恵で、木造を超寿命にする伝統の技術である。少なくともこのような温暖地域で、高断熱・高気密化で全館冷暖房を推奨するような義務化は、真の省エネにつながるとは考えにくい。
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鳴門ウチノ海の家 1階平面図 |
鳴門ウチノ海の家 2階平面図 |
日本の建築、とりわけ住居のあり方に大きく影響を与える法規制に関わらず、国の規制化に実質的に携われている研究者は環境工学者だけで構成されているように感じる。そこに、関連する見識や問題意識をもつ、あるいはもたなければならない、例えば計画系の研究者や研究機関、地域の住宅の大半を占める木造建築の専門家、実務を担う建築家や大工の経験や視点があるとは思えない。身体に影響するのだから生理学の観点も重要である。日本の地域の多様性を考えると、それぞれの地域の建築、さらに森林資源を語ることのできる専門家や実務家が参加すべきである。建築を人が暮らす社会資産であり、文化であると捉えるならば、21世紀の課題と歴史に向き合える建築を創り出していくために、単一の分野ではなく、様々な専門分野からの智見が反映できるような体制を構築することに早急に取り組まれることを願う。
○人と自然のつながりを豊かにする緩衝空間の評価
閉鎖的モデル一辺倒の温熱環境では、省エネで持続可能な地域文化につながる建築につながりにくいと考える。エネルギーの消費が少なく、健康的で地域の自然資源を生かす開放系あるいは単純な外皮でない複合系空間を評価する方法が考えられないだろうか。緩衝空間によって外部と内部を柔らかくつなぎ、室内環境にあまりエネルギーをかけず、あるいは太陽エネルギーを取り入れて快適にする空間装置が考えられる。例えば、大きな軒の出、伝統的な縁側、土間空間、あるいはW表皮にするなど、周りの外部から内部まで段階的に構成する空間の価値と省エネルギー効果を見いだすことができないだろうか。建築計画や居住空間の研究者の参加が望まれる。現代建築に継承していくためにも、エネルギーの視点から伝統的建築美として今日まで地域に存続している意味の解明が望まれる。
○地域の自然素材を生かす
断熱化は居住環境の改善にとって重要であるし、内部結露対策としての気密化も認識するが、四国徳島で住み設計活動をする者には、高気密、高断熱化を紹介されても省エネルギー化と元気さを生む住居につながるのか、違和感をもつ。内部結露だけの問題ではない。一年を通して生物活動の盛んな温暖地で、台風が多く、夏期の高温多湿の地域において、断熱材で木構造を安易に包むことは、シロアリや腐朽菌の格好の生息環境をつくりかねない。木造住宅は経年変化とともに隙間ができ壁内に雨水が侵入したりすると、湿気を逃がす必要性が生じる。シロアリは湿気だけではなく暗い無風状態を好む。設計においては、木材は常に乾燥状態にし、濡れればすぐに乾くことを意識している。地域の木材資源を循環構造の中で活かすことは、最も効果的な地球温暖化対策の一つだと考えるが、短寿命の木造住宅は負荷をかける。森林資源を活かし、豊かな森をつくっていく居住環境の施策にもなる省エネ法であってほしい。
かつての木造住宅は土壁であったが、近年では減少し、省エネ法が義務化されると既存工法は成立しなくなるのではと言われている。土壁は文字通り循環型地域素材であり、土壁に包まれる空間は蓄熱性もあり、調湿性に優れ、音質感、空気感は、普及しているボード下地に比べれば格別の質感をもたらす。断熱性が低いからと、土壁の伝統的技術は消えていくのではと懸念されている。多様な価値のある地域の自然素材や知恵を、どのように生かすかが、国の政策に問われている。