建築討論

中間建築ジャーナリズムの模索

南後由和(明治大学情報コミュニケーション学部専任講師)

1.中間建築とは何か

 社会学から建築へアプローチしている立場上、非建築学科卒で、建築の歴史や批評を書いてきた人文社会系の先人たちの仕事に興味関心を持っている。たとえば、加藤秀俊、多木浩二、長谷川尭、上野千鶴子、宮台真司などによる建築への切り込み方や語り口である。ここでは加藤秀俊(1930-)――大阪万博のテーマ展示プランナーを務め、メタボリズムの建築家たちとも交流のあった社会学者・評論家――が示した「中間建築」という切り口から、日本の建築ジャーナリズムについて考えてみたい1
 加藤は、文学に「純文学」と「大衆文学」というジャンルの違いがあるように、建築にも「純建築」と「大衆建築」があるのではないかという。「純文学」とは、自己の内面にある象徴的な経験を文字に移しかえて表現したものであり、自己目的的なひとつの完結した作品を指す。内容が高度で、誰かが読むという読者のことは二の次という特徴がある。それに対して「大衆文学」とは、大衆的嗜好に訴え、娯楽的要素の強いものを指す。発行部数も多い「読みもの」で、読者の期待値を想定しながら書かれるという特徴がある。
 以上の区分に従えば、「純建築」とは、建築家の自己表現活動としてのexpressiveな作品であり、「大衆建築」は、大衆の嗜好を計算したinstrumentalな建築ということになる。純建築への傾斜の高い建築家は、expressiveであることに忠実であるがゆえに、建築を言葉で表現し饒舌になる傾向にあるというわけだ――コンセプト、ドローイング、図面などの次元に純建築が存在するという議論も成り立つ。
 しかし、純文学を対象とする芥川賞と大衆文学を対象とする直木賞の境界が曖昧になってきているように、純文学と大衆文学のあいだに明確な区分があるわけではない。それと同じように、純建築と大衆建築も単純な二分法で分けることはできない。実際のところ、「現代日本の建築はおしなべて『中間建築』」2なのではないかと加藤はいう。どういうことか。
 第一に、あらゆる建築は妥協の産物とも言えるからだ。クライアントの意向、予算、法規などの制約条件下にある建築は、建築家の純粋表現たりえない。第二に、純建築に大衆的な人気が出たり、大衆建築がきわめてexpressiveであることが発生するからだ。そして第三に、加藤が「中間文化」と呼んだように、日本には、エリート/マス、高級/低俗、貴族趣味/大衆趣味の境界線がはっきりしない、文化の混在および趣味の混乱が見られるからだ。文化の混在および趣味の混乱について、加藤は下記のように述べている。
    日本社会では、誰がどのような建築をどのようなかたちで要求しているのかが、いっこうにわからない。指導層の人びとが、意外に土くさい建築を要求したり、客観的に社会の下層に属する人びとのなかにきわめて洗練された嗜好があったり、という「趣味」の混乱がいたるところで見うけられる。日本の建築家はその混乱に、翻弄されつづけているかのようにみえるのである3
 よく知られているように、日本の新聞が世界屈指の発行部数を誇るのも、高級紙と大衆紙に区分されない「中間文化」の一例である。では、日本の建築ジャーナリズムはどうか。そもそもジャーナリズムとは何であり、日本に建築ジャーナリズムが存立した/しているのかという問い自体が深遠なテーマではあるが、ここでは触れない。結論めいたことを先にいえば、新聞とは逆で、日本の建築ジャーナリズムには「中間建築ジャーナリズム」が希薄であることを本稿では問題視したい。
 日本の建築専門誌には、建築家の設計意図やコンセプトの説明が載ることが多く、批評が載ることは少ない。設計それ自体が批評行為であるという一面もあるが、日本の建築専門誌は、建築家による建築語りが主流を占め、建築家と批評家が未分化で渾然一体となった「悪い場所」(椹木野衣)であるとも言える4。「建築家の建築家による建築家のためのジャーナリズム」があまりにも多い――もはやそのジャーナリズムすら機能していないともいえるが。批評があったとしても、建築それ自体を語っているというよりも、建築をテクストとして読んでいる「私」が語られるという私小説的な批評がはびこってきた。
 また、建築や空間を読める/読めないというコードが書き手と読み手双方にとって排他的に機能しすぎているため、情報は建築家の側からの一方通行になりがちだ。『日経アーキテクチュア』の連載――『有名建築その後』として書籍化――などの少数を除いて、建築家の手を離れた建築物の事後的な使われ方に対して肉迫しようとする企画は少ない。
 ここで純建築と大衆建築の区分をジャーナリズムに置き換えるならば、『新建築』などの専門誌は「純建築ジャーナリズム」、『Casa BRUTUS』などの一般誌は「大衆建築ジャーナリズム」といえよう。読者層が設計事務所、大学関係者、建設会社などに偏っている前者に対し、コンビニでも売られている後者は、2000年の月刊化以降、それまで建築に関心を示さなかった読者層を開拓していった。
 一方で、一般誌が建築を特集しはじめたことと相反するように、2000年代は2000年の『SD』(鹿島出版会)休刊、2004年の『建築文化』(彰国社)休刊、2008年の『10+1』(INAX出版)休刊に象徴されるように、活字系の建築専門誌が相次いで休刊していった。
 これら建築専門誌の休刊を取りまく要因のひとつには、インターネットの普及というメディア環境の変化が挙げられる。かつては建築専門誌というフィルターがカノン正典としての建築を選別する機能を果たしていたが、そのフィルター外にある圧倒的な量の世界中の建築プロジェクトがネットを通じて流通するようになった。その量や速度を前に批評は追いつかず、情報の交通整理や部分的傾向の要約に終始するようになった。なお、ネットにおいても、人びとの注意関心をひくうえで機能しているのは、テキストよりも画像である。
 これら圧倒的な速度を持って情報が流れ続けるネット社会においては、いかに差異化された時空間として熟議の場を形成し、情報を量としてアーカイヴ化できるかが課題となってくる。このWEB版『建築討論』もそのような熟議の場を重視し、対論や討論というリアルな場での議論と連動させた方向性を模索しているように見える――後述の『Roundabout Journal』も、シンポジウムでの議論をその場で編集した『Live Roundabout Journal』を即日発行していた。
 他方で、従来の活字系の建築専門誌の休刊にはなるべくしてなったという側面があることもたしかであろう。専門誌ゆえやむを得ない点もあるが、商業誌であるにもかかわらず、読者層を限定しすぎた自閉性があったことは否定できない。
  • 1. 加藤秀俊, [1973] 1976, 「風俗としての建築」『空間の社会学』中公叢書.
  • 2. 同 p222.
  • 3. 同 pp223-224.
  • 4. 椹木野衣, 1998, 『日本・現代・美術』新潮社.

2.中間建築ジャーナリズムと中間読者層

 では、純建築ジャーナリズムでもなければ、大衆建築ジャーナリズムでもない「中間建築ジャーナリズム」、建築の専門家でも、コンテンツとして建築を消費するだけの読者でもない「中間読者層」はどこに見出せるだろうか。
 「中間建築」の中間とは、必ずしも何か単一の真ん中を意味しない。それゆえ、「中間建築ジャーナリズム」にもさまざまなヴァリエーションがあってしかるべきだが、ひとつには、「中間読者層」として、従来の作り手でも住まい手でもない企業や地方自治体にも開かれた「中間建築ジャーナリズム」のあり方を模索すべきだと考える。というのも、街並みを形づくっている建築物の大半は地元企業や地方自治体の所有物であるにもかかわらず、それらの集合はこれまであまり議論の対象とされてこなかったからだ。それら地元企業や地方自治体を当事者かつプレイヤーとして巻き込んだ中間建築ジャーナリズムがより追求されてしかるべきではないだろうか。
 実際、これらの動向はすでに具体的に姿かたちを現わしつつある。たとえば、金沢21世紀美術館の「3.11以後の建築展」(2014年11月〜2015年5月)においては、まちづくりのワークショップの記録、プロジェクトのプロセス、竣工後の活動などをまとめたフリーペーパーやミニコミの展示が目立った。これらの特徴は、プロジェクトが終わってからの報告書ではなく現在進行形のプロセスを伝えるドキュメントである点、寄稿者として現地関係者や地元産業従事者などの当事者が関与しているケースが多い点にある。DIYやリノベーションの一部がユーザー≒建築家であるのと似て、ユーザー≒読み手≒書き手であると言ってもよい。そのほか、中間建築ジャーナリズムのヴァリエーションとしては、大学研究室、シンクタンク、NPO、産学連携などの活動とジャーナリズムを連動させ、アウトプットを増加、集約していくことも考えられる。
 このように「中間建築ジャーナリズム」は、設計事務所、大学関係者、建設会社などに偏った純建築ジャーナリズムと、一過性のコンテンツとして建築を消費しがちな大衆建築ジャーナリズムとのあいだに、中間読者層として、ユーザー≒読み手≒書き手のプレイヤーを増やしていくことに寄与しうるだろう。
 加藤の「中間建築」を補助線とした「中間建築ジャーナリズム」という切り口から見えてくる展望は、中間読者層のことだけではない。以下、それらを研究面と実践面に分けて指摘しておきたい。

3.書き手と読み手の中間

 中間建築ジャーナリズムの研究面は、建築専門誌の書き手と読み手の中間に位置する「編集者」の営みに関する通史である。たとえば、1950年代に「新建築黄金期」と呼ばれ、編集者兼批評家でもあった川添登、平良敬一、宮内嘉久らのうち、宮内に関しては建築家の職能運動をめぐる機関誌や建築ジャーナリズムに言及した自著が多数ある。また花田佳明『植田実の編集現場』(2005)など、特定の編集者に重点を置いた稀有な研究もある。しかし、通時的な視点から編集者の営みの系譜が整理された研究は手薄だ。
 編集者は建築家と読者の中間に位置し、メディアを通じて生産、流通、消費される建築のあり様を差配している存在である。編集者に関するオーラル・ヒストリーの手法も交えた歴史的研究は、建築家と作品を主役に据えて語られる建築史を「斜め」から読み替えていくことにもつながるはずだ。
 また1964年の東京オリンピックや大阪万博の頃には、浜口隆一や川添など、建築専門誌の批評家および編集者による、新聞や一般誌への寄稿が目立った。新聞において建築に関する記事が掲載されることが少ないと指摘される日本において、純建築ジャーナリズムと一般紙誌を領域横断する言説空間がいかに形成されてきたのか。純建築ジャーナリズムと一般紙誌の切り口の比較も中間建築ジャーナリズムの研究対象となる。そのほか、各種機関誌や自主制作誌などのオルタナティブメディアの系譜も中間建築ジャーナリズムの研究対象に含まれるだろう。

4.アナログとデジタルの中間

 中間建築ジャーナリズムの実践面は、アナログとデジタルの中間、すなわち紙媒体とウェブ媒体の中間に関してである。たとえば藤村龍至らのTeam Roundaboutが発行したフリーペーパー『Roundabout Journal』(2007-2011)は、「ブログと雑誌をつなぐ」をキャッチフレーズとしていた。背景には、10〜20代を中心に普及したブログが個々に分断されたままの一方で、建築専門誌は相次いで休刊していく状況下への問題意識があった。「ブログと雑誌をつなぐ」ことで前者を言説空間のまとまりとして構築し、顕在化させようとしたわけである――主に1970年代生まれが参加した『Roundabout Journal』が「新しい世代のための媒体」と名乗っていたように、メディアは新たな世代をグルーピングしていく装置でもある。
 ブログに限らず、ネット記事はいつでもどこでも読めるがゆえに、いま読まなければならないという時間感覚が生まれにくい。そのためネットにも、月刊や季刊というかたちで雑誌が持っていた時間のリズムを形式として踏襲していくことが重要になる。その点、『Roundabout Journal』が月刊であるウェブマガジン『ART and ARCHITECTURE REVIEW』(2010-2014)に発展していったことは理にかなっていた。上述の『10+1』も、紙媒体からウェブマガジンに切り替わり、『10+1 web site』として月刊化している。
 ウェブマガジンは、建築専門誌とは異なり、あらゆる読者に開かれているといえる。しかし、オープンであるがゆえに読者共同体とでも呼ぶべきコミュニティ意識は生まれにくい。雑誌とは、読者共同体を生成し、それを維持、展開させていく象徴作用の中心にある。建築専門誌の場合、定期的に刊行され、新築の竣工作品およびコンペティションの審査情報の掲載や特集を組むことなどにより、それらを定期的にチェックする、雑誌に媒介された読者共同体を形成してきた。それに対して、ネットでは、あらゆる時期、書き手、ジャンルの記事が並列されるとともに、情報がサイトを横断して拡散していくため、読者共同体を輪郭を持ったものとして認識することは難しい。平面であるディスプレイ上のネット記事は、雑誌と比べて、空間的枠組みとして認識しづらく、読むという行為の身体性も希薄である。
 コメント欄でのインタラクションのほか、ネット記事閲覧数、TwitterのRT、Facebookのいいね!の数などによって読者の存在を量として可視化することはできるようになったものの、ネットに媒介された「集合的沸騰」(エミール・デュルケーム)をどう実装するかについての方途は検討の余地が大いに残されている5
 2000年代以降、活字を中心とする建築専門誌の数は激減し、戦中を除けば、未だかつてない空白状態が続いているといえるかもしれない。スマートフォンやアプリの普及で、ウェブすら見ない世代も現われつつある。しかし、空白状態をポジティヴな予兆とするならば、それは何ができるかを妄想しうる転機でもある。
  • 5. エミール・デュルケーム, 1975, 『宗教生活の原初形態』古野淸人訳, 岩波文庫.


南後由和(なんご・よしかず)
1979年大阪府生まれ。社会学者。明治大学情報コミュニケーション学部専任講師。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。2014-15年度『建築雑誌』編集委員会委員。主な共編著に『磯崎新建築論集第7巻 建築のキュレーション』(岩波書店、2013)、『文化人とは何か?』(東京書籍、2010)、共著(分担執筆)に『榮久庵憲司とGKの世界』(世田谷美術館、2013)、『メタボリズムの未来都市展』(新建築社、2011)など。

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