2014年07月
布野修司/滋賀県立大学・建築討論委員会委員長
「アジアの都市組織
の起源、形成、変容、転生に関する総合的研究」(科学研究費助成)と題する研究の一環として中国東北地方を巡った。大連・旅順-瀋陽-集安―長春という行程で、清(大清国)の起源となる都城・盛京と高句麗の都・丸都城、国内城を巡ることを目的とする旅であったが、建築行脚となると、
「偽満州国」の建築を見て回ることになる。西澤泰彦著『「満州」都市物語 ハルビン・大連・瀋陽・長春』(河出書房新社、1996年)を携えての旅である。
大連は1995年3月以来、ほぼ20年ぶりの再訪である。その変貌ぶりは予想通り激しかった。このところ中国の古都を中心に歩いているのであるが、
北京オリンピック、上海万博を開催したこの10年の中国都市の変貌はどこでもドラスティックである。
20年前、大連を訪れたのは、南山地区の住宅の保存改修の調査が目的であった。南山地区は、満鉄社宅地区、共栄住宅地区、そして個人住宅地区の3つからなっていたが、満鉄社宅の特甲住宅が建てられたのは1910年であり先行するが、他は1920年代に開発された住宅地である。調査は容易ではなく苦労したことを思い出したが、多くの住宅に多数の世帯が居住し、とても良好な居住環境とは言えない状況であった。通りには屋台が並んでいたし、道路は舗装されていなかったように思う。今回訪れて、見違えるようであった。風景区に指定されて、保存の措置がとられていた。
ただ、見覚えのある住宅は残っているのであるが、ここだ!という記憶が蘇って来ないのがもどかしかった。周りの環境がすっかり変わってしまっているのである。港近くの旧ロシア人街も観光客向けの店舗が建ち並ぶテーマパーク風の通りにすっかり変貌していた。
大連の中心、中山広場の大連賓館(旧ヤマトホテル)にも寄ってみたが、広場の周りには、かつての雰囲気はない。広場に面したコロニアル建築をさらに2重に高さおよそ2倍のビル群に囲まれる形になっていた。
これは瀋陽でも長春でも同じであるが「偽満州国」時代の建物は現代建築群の中に埋もれつつあるのが印象的であった。そして、そうした中でそうしたかつての植民地建築だけを見て歩くことの意味を考えさせられた。
高層化の流れは留まる気配をみせないようである。大連駅のすぐ近く、かつての日本人町である旧連鎖街に接して、実に垢抜けた超高層ビルが建設中であった。
大連中心裕景。香港の裕景地産(陳承裁)による不動産開発である。1987年創設という。この間の中国における都市再開発を先導してきたディベロッパーである。さすがの中国建築界もかつての勢いを失いつつあるようであるが、まだまだ余力がありそうである。設計はアメリカのシアトルに本拠を置くNBBJ、構造はOve Arup。
NBBJは、Floyd Naramore, William J. Bain, Clifton Brady, and Perry Johansonの4人によって1943年創業され、当初は Naramore, Bain, Brady & Johansonと称していたという。今や、ボストン、ニューヨーク、サン・フランシスコ、ロスアンジェルスなどアメリカだけでなく、ロンドン、そして北京と上海に事務所をもつ。そしてインドのプネにも事務所を開設している。唯一、建築設計事務所として世界経済フォーラムのグローバル成長企業に選ばれたという、世界をリードする設計集団のようである。
60階と80階の2本のタワーが捩れるようにほぼ立ち上がりつつある。足元は既に完成しているが本格オープンは先のようである。中をみることはできない。一大コンプレックスである。完成すれば大連駅周辺は一変するであろう。2層の連棟の商店街、旧連鎖街との対比は際立っている。NBBJは2009年にシンガポールにThe Sail @ Marina Bayという2本ペアの超高層ビルを建てている。今や世界の超高層のニューファッションということであろうか。
興味深いのは、NBBJが、温室効果ガス排出量50%削減をうたう「建築2030チャレンジ」を受け入れ2030年までにカーボン・ニュートラルを実現すると宣言していることである。アメリカ合衆国でも最もグリーン建築企業のひとつという。残念ながら、その実現の技術的裏づけについての情報は得られなかったのであるが、デザインのインパクトと共に受け入れられる要素をもっているのであろう。
注目すべきは、プネに既にオフィスを構えていることである。中国の次にインドの建設市場が開く、それを明確にターゲットにしていることは間違いないのである。
ゴローバリゼーションの先頭をいくファッショナブル・デザインの超高層ビルとその足元に埋もれる歴史的街区、しかも、そのほとんどが植民地遺産である、こうしたコンテクストにおいて、どういう別のオールタナティブがあるのか、議論してみる価値はありそうである。
大連・旅順、そして瀋陽、撫順・集安、長春とめぐって、帰国前に大連で時間がとれたので、大連・南山地区を再び1時間ほど歩くことができた。全体は景観保存地区に指定され、高さ規制はなされているのであるが、もとの満鉄社宅はほとんど残っていない。確認できたのは1棟のみ。全体は再開発で、コロニアル風の建物が並ぶ。日本の建設会社も関わり、2000年に第一期が行われていた。地区の中心にはゲートが設けられ、いわゆるゲーティッドコミュニティとなっていた。こうした住宅地の歴史も議論の素材である。
伊藤香織/東京理科大学
初見学建築設計資料集成委員会委員長の下、5年近く編集・執筆に関わってきた『コンパクト建築設計資料集成 都市再生』(日本建築学会編、丸善出版刊)が今年3月に出版された(
pub.maruzen.co.jp/book_magazine/book_data/search/9784621087565.html
)。
本書は、各事例において建築と公共空間やインフラを1つの断面で切るようにしていること、断面図に人を入れてアクティビティが見えるようにすること、ほとんどが描き下ろしの図面であることなど、いくつかの特徴がある。所有・管理体制の異なる土地を横断する1枚の断面図はほとんどの場合存在しないので、もとになる図面を集めてつないだり実測して図面を起こしたことが、編集作業上で苦労したことのひとつである。この作業のおかげで、都市空間を構成する建築とインフラや公共空間を改めて総体として見つめることができた一方、まだそれぞれが独立して考えられていることが、既存図面の不在からもよくわかった。
ところで、最近私は交通計画を専門とされる方々と交流する機会が増えていて、そうした場で学ぶことも多い。道路の機能にはネットワーク(交通)と空間の両面があり、「交通」の「量」をさばくことが最大の命題であった時代から、今「空間」の「質」を考えるべきときに来ているという認識があるようだ。そのためには、沿道の民地と一体的に考えていかなければならないという話題もあり、興味深い。
前述の資料集成で紹介されている事例でも、断面図を見ると、道路「空間」が公有の道路面と沿道の建物でかたちづくられていることは明白だ。
たとえば、都市の街路をかたちづくる代表的な建築作品とも言えるヒルサイドテラス(槇総合計画事務所)は、道路「空間」をかたちづくるだけでなく、道路と敷地内の通路や小広場といった公共に開かれた空間とを連続させ、豊かな体験をもたらす。富山市のグランドプラザ(日本設計)は、2棟の再開発ビルの間に整備された屋根付き広場で、新たにLRTが通るようになった通りと商店街もつないでいる。もともと再開発事業区域内にあった3本の市道を集約し両地区のセットバック部分も含めて広場として運用しているため、広場に見える道路なのだとも言える。表参道とキャットストリートに面してテラスを設けたGYRE(MVRDV)も道路「空間」の形成に寄与している事例だろう。
道路と同様にネットワーク機能と空間機能を併せ持つ橋について、ひとつの作品を紹介したい。6月にボルドーの arc en rêve 建築センター(
www.arcenreve.com
)を訪れたとき、ちょうど準備中だったOMAのJean-Jacques-Bosc橋の展覧会を見せていただいた。ボルドーのガロンヌ川にかける新しい橋のコンペでOMAの案が選ばれ(
www.oma.eu/news/2013/oma-wins-competition-to-design-pont-jean-jacques-bosc-in-bordeaux/
)、2018年の竣工予定となっている。この橋の断面配分において、歩行者空間が幅の約半分を占め、残りを公共交通であるLRT(ボルドー自慢の美しいLRVが走る)、自転車レーン、自動車レーンが分け合う。展示からも、他の橋の断面配分と比較してかなり歩行者空間の割合が大きいことがわかる。何より興味深いのは、この橋が都市に新たな公共空間をもたらすと説明されていることだ。ガロンヌ川に横たわるこの44m×545mの「公共空間」の多様な使われ方を示すプレゼンテーションが何とも楽しげだ。橋上の歩行者空間で市を出したり屋外映画鑑賞会をしたりするような使い方だけでなく、交通を止めて自転車レースやパレードをしたり、コンサートをしたり、ワイン祭りをしたり、といった様子が描かれる。ネットワーク機能だけでなく、大胆に空間機能を主張する橋だ。1990年代半ばのアラン・ジュペ市長就任以来、公共交通再編と公共空間の整備を進め、川辺を中心に何とも魅力的な公共空間を持つに至っているボルドーらしい橋だと感じた。
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