「木造禁止」を含む日本建築学会の「建築防災に関する決議」(1959年)について

2010年7月

日本建築学会 

  日本建築学会(以下「本会」という)による1959年の「建築防災に関する決議」における「木造禁止」は、木造建築全般の禁止を一律に求めたものではなく、同年9月の伊勢湾台風で受けた甚大な被害にかんがみ、建築物の火災、風水害の防止を目的として、特に危険の著しい地域に対する建築制限のひとつとして「木造禁止」を提起したものです。

 また、本会は、1944年から今日に至るまで木造建築に関する各種技術書を刊行し、木造建築の適正な技術の普及に努めています。


 「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)2010年5月3日号の『美味しんぼ』のなかで、「日本の家屋で木材を、それも国産の木材を使う率は恐ろしく低い」理由は、「ひとつは、日本の建築学会が1959年に木造建築を否定した」ことにある、との記載がありました(p.53)。

 本会が1959年9月の伊勢湾台風による甚大な被害の直後におこなった「建築防災に関する決議」において、火災、風水害防止のため「木造禁止」の決議をしたのは歴史的事実ではありますが、決議前後の状況と切り離されて「木造禁止」だけが一人歩きしますと、「木造禁止」の意味および本会の活動に対する誤解を招くことになりますので、以下にこの決議を行うに至った背景とその後の経緯、また本会の木造建築に対する取り組みについて説明します。

1.この決議を行うに至った背景とその後の経緯


(1)伊勢湾台風による甚大な被害と「建築防災に関する決議」等

 1959年9月26日の伊勢湾台風による甚大な被害(死者・行方不明5,098人、全壊・半壊住家153,890棟、平成21年版消防白書より)に対し、本会は同年10月13日の理事会において、日本学術会議に対して「防災基本対策確立のため機関設立に関する意見書」1) を提出すること、本会内に「伊勢湾台風災害調査特別委員会」を設置することを決定しました。

 日本学術会議に対する意見書には、学術会議が関連科学技術研究陣の協力のもとに調査すべき項目として9項目をあげ、そのなかに「火災、風水害防止のための木造禁止」があげられていました。

 本会の意見書を受けて、日本学術会議は10月23日の総会において「防災に関する総合調整機関の常置について」を採択します。本会は、これに協力する必要があるとして、おりから京都大学で開催されていた本会大会の2日目に緊急集会を開き、約500名の会員の出席のもと、満場一致で下記の決議を行いました2)

 建築防災に関する決議
    一、防災地域の設定

   一、都市再開発による防災計画の実現

   一、防火、耐風水害のための木造禁止

   一、防災構造の普及徹底

  都市並に建築物の防災基本方策を速かに確立しその徹底的実現のため、強力な国家施策の実施を要望する

 上記は昭和34年度日本建築学会近畿大会において決議する。

  昭和34年10月25日
 日本建築学会近畿大会委員長 鷲尾健三

日本建築学会会長 二見秀雄
  


 また、本会は、上記「建築防災に関する決議」を、10月29日付けで、内閣総理大臣・大蔵大臣・建設大臣・文部大臣・運輸大臣・科学技術庁長官・日本学術会議会長あてに会長名で建議書として提出しています3)

 一方、伊勢湾台風災害調査特別委員会は、1959年10月20日に初会議を開いて12月11日に調査報告講演会を開催すること、建築雑誌1960年3月号に概況報告を掲載すること、その後調査報告書を刊行を考えることを決めています。

 以上の経緯は、建築雑誌1959年12月号「伊勢湾台風災害と本会の動き」2) にまとめられています。



(2)「建築物の台風災害防止に関する意見書」等

 1960年5月9日、本会は、「昨年秋伊勢湾台風災害の勃発をみるや、伊勢湾台風災害調査特別委員会を設置し、各方面において行われた建築物関係被害状況調査と同時に今後のこの種災害の予防対策等につき考究を重ねて参りましたが、このたび別紙のごとき意見を取纏めましたので台風対策として施策の参考に供しますから御高覧のうえ善処方を要望する次第であります」として、「建築物の台風災害防止に関する意見書」を「中央行政庁宛」と「地方公共団体宛」に分けて提出しました4)

 この意見書は長文ですので、このうち、「木造禁止」に言及している箇所を以下に抜粋します。


 
(中央行政庁宛意見書)

3.都市計画および建築行政上の災害対策

(1)低地域における土地利用計画の樹立と用途地域制の再検討

   (略)

(2)災害危険区域の指定

 今回の高潮による災害結果から考え、高潮出水のおそれがある区域は、建築基準法第39条5) に規定する災害危険区域の指定を早急に行い、災害防止上必要な建築制限を行うことが要望される。(中略)

 建築制限内容としては、1)敷地地盤面の地上げ、2)建築構造の強化、3)床上浸水をしない居室の設置などが考えられるが、名古屋市を対象とした場合には、次の方法が適当であると考えられる。

 i)臨海部の埋立地や河川沿岸では、じゅう分に敷地地盤面を地上げし、かつ木造建築物や居住用建築物を全面的に禁止する。

 (以下略)


また、同じく地方公共団体宛の意見書には、

 (地方公共団体宛意見書)

2.建築物の制限

 護岸堤防・排水施設などが整備された場合においても、高潮による直接被害、河川増水による溢水、または集中豪雨による浸水などによる建築物の災害はさけられないので、建築物に対する規制は必要であり、建築基準法第39条に基いて、災害危険区域の指定を行い、災害防止上必要な建築制限を行うことが要望される。

 1)災害危険区域の指定に当っては、過去の水害事例と今後の予想、防禦施設の現況と今後の計画など、じゅう分検討のうえ行う。

 2)制限内容としては、敷地地盤面の地上げ、建築構造の強化、床上浸水のない居室の設置、公共建築物の構造規制などが考えられるが、臨海部の埋立地や河川沿岸で特に危険の著しい区域については、木造建築物や居住用建築物を禁止することも考えられる。

 (以下略)


と記されています。

 さらに、1961年7月に刊行された「伊勢湾台風災害調査報告」の「3.今後の対策と問題点」6) には、上述の「建築物の台風災害防止に関する意見書」と同趣旨の対策がさらに詳細に書かれています。

 以上のことから明らかなように、1959年の「木造禁止」は、木造建築全般の禁止を一律に求めたものではなく、危険の著しい地域を防災地域として設定し、防災地域に対する建築制限のひとつとして「木造禁止」を提起したものです。


2.木造建築に関する日本建築学会の取り組み



 1960年5月の「建築物の台風災害防止に関する意見書」では、風水害防止のための技術上注意を要する事項として、以下の事項があげられています7)

1.木造建築物における防災上の監督指導の強化

 木造建築物は従来他の構造に比べて構造強度上の監督指導がなおざりにされている状況にあったが、今回の災害においても風害・水害をうけた建物が多く見られた。これについては建築基準法の励行をはかると共に筋かい、継手・仕口等の構造細部については、日本建築学会建築工事標準仕様書(JASS 11)によって施工を行うようにしたい。

 (以下略)
 


 本会では、上記JASS 11をはじめ、木造建築に関してはこれまで以下の技術書を刊行し、木造建築に関する技術の向上をはかっています。このことは、本会が伊勢湾台風以前から木造建築に関する適正な技術の普及を奨励していたこと、またそれが半世紀以上にわたり継続的に行われていることの証しです。


◆ 木造建築物の強度計算(案) 1944

◆ 木構造計算規準 1947

◆ 木構造計算規準・同解説 1949

◆ 建築工事標準仕様書JASS11木工事図解 1959

◆ 建築工事標準仕様書・同解説JASS11木工事 1960 第1版

◆ 木構造設計規準・同解説 1961(大改定)

◆ 木構造設計規準・同解説 1973 第1版

◆ 木構造計算規準・同解説 1988

◆ 木質構造設計規準・同解説 1995 第2版(大改定)

◆ 木質構造設計ノート 1995

◆ 木造建築耐風設計の考え方 1995

◆ 建築工事標準仕様書・同解説JASS11木工事 2000 第5版(大改定)

◆ 木質構造設計規準・同解説−許容応力度・許容耐力設計法− 2002 第3版(大改定)

◆ 木質構造限界状態設計指針(案)・同解説 2003

◆ 建築工事標準仕様書・同解説JASS11木工事 2005 第6版

◆ 木構造設計規準・同解説−許容応力度・許容耐力設計法− 2006 第4版

◆ 木質構造接合部設計マニュアル 2009



[補足]

 前述の『美味しんぼ』に「一級建築士の試験では木造についていっさい扱わないし、大学でも木造建築を教えない」という記述がありますが(p.54)、たとえば2008年の一級建築士試験では3題の木造に関する問題が出されています。また、2008年の建築士法の改正により、一級建築士の受験資格要件として、大学等では国土交通大臣の指定する建築に関する科目(指定科目)を修めて卒業していることが必要になり、この指定科目の標準的な科目例に「木構造」があげられています8)。したがって、現在では、『美味しんぼ』の記述は事実に合致していません。

 なお、国の施策では、国産材の利用拡大による木材自給率の向上を目的とした「公共建築物木材利用促進法」が、2010年5月19日に成立しています。



[註]

1)伊勢湾台風災害調査報告1961、pp.190-191、http://news-sv.aij.or.jp/da1/sonota/sonota.html

2)建築雑誌1959年12月号、会告13-14、http://ci.nii.ac.jp/vol_issue/nels/AN00079427/ISS0000217679_ja.html

3)伊勢湾台風災害調査報告1961、p.191

4)伊勢湾台風災害調査報告1961、pp.191-194

5)建築基準法第39条(災害危険区域) 地方公共団体は、条例で、津波、高潮、出水等による危険の著しい区域を災害危険区域として指定することができる。

  2 災害危険区域内における住居の用に供する建築物の建築の禁止その他建築物の建築に関する制限で災害防止上必要なものは、前項の条例で定める。

6)伊勢湾台風災害調査報告1961、pp.178-190

7)伊勢湾台風災害調査報告1961、pp.191-192

8)建築技術教育普及センターホームページ、国土交通大臣の指定する指定科目について、http://www.jaeic.or.jp/kkaisei-kamoku2_080212.pdf



 なお、関連する新聞記事として以下の記事があります。

9)日刊建設工業新聞、1959年10月22日「災害研究会議の設置 建築学会 学術会議へ要望」

10)朝日新聞、1959年10月23日「防水建築地域を提唱 木造も基礎を高くする」竹山謙三郎(建築研究所長)。このなかで、「水害の常襲地あるいは水害の危険が十分予想される地域には「防水建築地域」を指定することを希望する。(中略)まず第一にこの地域内の公共建築、つまり官公建造物はもちろん、学校、公営住宅のようなものは木造を一切やめて(後略)」とある。

11)日本経済新聞、1959年11月2日「災害防止に危険区域指定 住居建築も禁止 建設省 全国的実施を望む」

12)日刊建設通信、1959年11月4日「災害危険区域の指定へ 建築物の風水害防止で指示 区域内に建築制限 建設省 高層建築の奨励も」