海外建築事情001

中欧から 16世紀のゴシック教会の内部改修、その業務報告

三谷克人(建築家 TRANSPOLIS主宰、ウィーン在住)


はじめに

『建築討論』の編集者からお声がかかり、16世紀初頭に建立されたゴシック教会の内部改修プロジェクトのお話でよければ、と寄稿をお受けした。日本人建築家にとってこの種の仕事は前代未聞だろうし、旅では分からない発見もあった。コミュニティーの中心的存在であるこの建物は、様々な制度や仕組みで守られていて、職能の遂行は一筋縄ではゆかない。そのあたりを実務としてお話することに、意味があるかもしれないと考えた。

1.実施にいたるまで

plan bevor renovation

唯一残された前回の改修の平面青焼き

constructionsplan renovierung

一階平面施工図(全長35m 最大幅15m)

当教会は高地オーストリアの州都リンツの東方約25㎞に位置する村、バルトベルク・オプ・デア・アイスト(Wartberg ob der Aist, Upper-Austria)にある。最初は木の小屋だったものが12世紀に石積みとなり、15世紀の「フスの乱」で破壊されたあと1508年に後期ゴシック様式で再建されて今日に至るという。

施主から相談があったのは、2012年の秋口だった。使い勝手を改善し新しい典礼の空間をしつらえたいという。そういう現場の要望には司教区庁(以下教会庁)が対応する。オーストリア・リンツ司教区には教会関係の建物が計2100棟あり、その約90%がいわゆる歴史的建造物。30年に一度は手を入れる必要が生じるというから、教会庁に営繕組織があっても不思議はない。とくに教会に関してはチェックが厳しく、計画の教義や芸術の専門家が睨みをきかせている。

教会庁はいまでも芸術の擁護者を自認し、需要があればアーティストの作品を登用することを旨とする。褒めるべきことだが決定権が教区民にある今日、アートとして興味深いものが実施に移されるとは限らない。でもそれは杞憂だった。芸術担当部門が推薦したドイツ人の女性アーティスト、ドロテー・ゴルツ(Dorothee Golz)は世界的アート展「ドキュメンタ」にも出展したプロ中のプロ。その大胆ながらも、教会のリブ・ヴォールトに出発点を求めたロジカルな造形で、民意を勝ち取ってくれた。

そうして実施設計が始まった。予算は付加価値税20%込みで7600万円。その4分の1は教会庁が援助するが、残りは施主の負担となる。まずアートに600万円が消える。新しい温水暖房の見積もりが800万、歴史的建造物を管轄する文化財保護庁(Bundesdenkmalamt)の特命工房が、長椅子変更の家具工事に1000万円を計上してきた。これで延床面積約500㎡、天井高10mの空間の改修が賄えるのだろうか? コスト上の不確定要素を限定するための事前調査も、使用中の教会ではままならない。仕方がない、教会庁にはゴー・サインを得るための予算案を提出しておこう。躯体工事を必要最小限に止め、残りを造作に振り当てるしかない。教区民による勤労奉仕が大きく工費節減に供することを期待しよう。


2.設計要旨

space fpr reconciliation

神との和解の空間
(ゆるしの秘蹟、1.6 x 2.8m)

教会庁の日常に反して建築家の登用を推した施主。営繕のシステムではフォローできない、建築にとっては決定的な細部への配慮を提供しよう。

楽曲のソリストが作曲家の意図を踏まえたパーフォーマンスを見せてくれる場合、協奏曲の指揮者のように振舞うことが可能となる。競い合うのではなく後に引き、オブジェのつぶやきを増幅するような空間を用意すること。建築的な課題は、当時の教義に起因する内陣と会堂の空間的分離、それをいかに止揚するかであった。信徒たちが取り囲んで祝うという新しい典礼に即して、大アーチ下に配されたポディウム。両者の空間の境界に、円形の照明フレームとプレート状の司祭の座が浮いている。大アーチの存在感には敵わないが、それに小さな棘のような空間的な苛立ちを与えることも有効なのではないか。

あとは各部の機能的な改善。ポディウム近辺を多様な使い方ができるように平土間とし、10人掛けの長椅子を短縮して中廊下を通し、不要の長物と化した19世紀のしつらえを撤去。石工の親方が力を入れたに違いない、入り口の列柱ホールを蘇生が目指された。

もう一つ、かつては告解と呼ばれた『ゆるしの秘蹟』に関して、施主は新たな教義的可能性を見ていた。罰するのではなく許す存在である神との和解の場。従来の狭小で閉鎖的な空間が不適なのは、並の感受性があれば分かることだ。明るくオープンで人間に優しい空間であってこそ相応しい。聖母マリアのマントに勇気づけられ、歩も進むだろう。遮音はガラスの箱に任せばいい。村野藤吾の『ガラスよ!』を思い浮かべつつ、この約3畳の茶室にも似た空間が計画された。


3.工事の顛末

detale section space fpr reconciliation
floor detale section

断面詳細(切断位置は平面アルファベットに対応)

2014年6月の第一週、長椅子の撤去作業とともに改修工事が始まった。次の日にはすっかり空っぽになり、当時の使われ方そのままの平土間のホールが目の前に拡がっている。親方が決めた柱のプロポーションが美しい。ボーリング調査で案の定、床の施工が図面と大幅に異なることが分かったが、乾式床暖房を含む上部構造をじかに施工しても問題のないことも、同時に確認できた。

会堂の前部と内陣には温水床暖房が敷設されるから、土間コンクリートを深い位置に打ち直す必要がある。その掘削の最中に人骨に出食わした。墓地が制度化するまでは内陣に埋葬するのが一般だった、と施主は言う。単価は上がるが、クボタのミニはもう使えない。必要な深さまで掘り進めた結果、大きなポリ袋が三つ、満杯となった。どうしよう。教会庁に届けると考古学者調査は避けられない。工事が長期間差し止めになる恐れもある。弔いは引き受けるからという施主の一声で、急いで土間コンを打つことにした。

そうこうする内に、今度は文化財保護庁から建設材料にクレームがついた。防水工事が不可能な雑石積造の外壁、そこに塗る透湿性の左官材が工業的製品なのが気に入らないし、漆喰に塗る消石灰系塗料に少量だが化学物質が含まれているのはもっての他だという。素材に至るまで現状を維持するのが建前なのか、頑として譲らない。施主に談判してもらい、一週間休止のあと現場は再始動した。

そうして晩秋には空間の塗装と床が仕上がって、みんなが空間を見違えて訝った。筆者はというと、工務店が引き揚げた静けさのなかで、大柱の八面に微かなテーパーが施されているのに気付き、ハッとした。奇しくもその柱礎に、「いまわかったのか?」とでもいうように見つかった石工のモノグラム。ゴシックというといわゆる大聖堂を連想するが、それに比べて、工費も少なく細工がシンプルなこの小さなゴシック教会は、本当に取るに足りないものなのか。地方の一工匠の仕事のクォリティーに触れるにつけ、我々が達成したと思っているものの薄っぺらさが、気になり始めた。

末尾ながら、教区住民が献納した労働時間は工期六ヶ月で総計2866時間。教会庁から手間賃として時給800円が支給され、工務店の出来高が約120万円節減。「茶室」も実現の運びとなり、総計7800万円で決算となった。


ふりかえって

ここまで、ヨーロッパの小さなゴシック教会の改修プロジェクトとの竣工までの道のりを、逸話を交えて幅広くお話しようと試みたのだが、盛り沢山で煩雑になったきらいがある。幅広く建築に携わる方々に独自の領域に関連するキーワードが提供できれば、というドン・キホーテ的発想のなせる業だと、ご勘弁いただきたい。

しかし故がないわけではない。モラルのオブラートが破れて大っぴらに目的を追求することが解禁された今日、建築がビルディングに矮小化し尽される寸前にあるように思うからだ。

例を二つ挙げさせていただきたい。たとえば医師の属する医療界、大きく分けてホームドクターと専門医とがいるが、後者は他の医領域に通じていないのだろうか。もう一つ音楽の世界だが、商業化してメガ産業となったそれと並行して、クラシックが未だに生き残っているのはなぜだろうか。筆者は建築学会を、諸分野の専門家たちの集まりというよりも、全体を俯瞰しつつある分野を究めようとする専門医的職能者のそれであるべきだ、と考える。

建築が改めて問われなければならない。建築にクラシック音楽にも通じる普遍的な核があることを伝授しなければならない。たぶん、それを実感と共に成すことは、戦前に近代建築を学んだ先達を身をもって知る最後の世代たる我々で、終わってしまうのだろうから。

1.着工まで

改修前の入り口周り
奥にサウナボックスのような告解の場がみえる
改修前 会堂が長椅子で埋まっている 現存の19世紀の祭壇は
床面より高い古い基礎に乗っていた
聖書をイラストしたフレスコ画
「貧者のバイブル」
天井見上げ
丸い穴はどこの教会にもある排気口、俗称「精霊の出入口」
教会外観
手前の内陣が一番古いことを壁画が物語る

2.空間の設計

信徒みなで典礼を祝うためのオープンな空間 新しい典礼の空間
アートを引き立てることが目指された
多目的空間から会堂をながめる
当教会の守護聖人マリアが少し目立つ位置に配された 入り口ホールより内陣を望む

3.各部の設計

マリアのマントに
弱気の心は勇気を得る
時代の素材として唯一アクリル板を投入 洗礼のための空間が用意された
ガラスの「あずまや」から会堂を望む 開口部カーテンは車つき台座に可動設置 告解する者に光がふり注ぐ
既存の一段を踊り場とし転換して
空間の高度利用をはかる
教会運営に必要な家具を補設する 身障者のために改造された南入り口
水のメタファーたるグレーの床
段差には小さな落水
大工ヨーゼフが常識に反した架台に立つ 典礼主導者席の背もたれと支持金物
洞窟から開放されたマリアに
献灯が絶えない
マリアのマントに庇護されながらの
罪の告白
司祭は告白と対話の双方に対応する
対面ではなく、
双方が十字架にむかって語ることも可能
対話者のシルエットが認識できる

4.工事関係

オルガンの音合わせ 
時計細工師の緻密さが要求される
この機種が唯一入り口の
開口をパスした。
コスト削減に大貢献
空になって石匠が決めた
空間のプロポーションが知覚できた
床材施工が始まって空間が概容を現す 耐湿耐圧発泡断熱材の敷設 
特性スリッパで踏み固め
断熱材の上に床暖房配管がおわり、
つぎは床板と長椅子
長椅子の撤去 十指にあまる教区民が駆けつけた 典礼空間の床暖房は施主の念願だった 土間コンクリートを打ち終えて一安心
入り口の列柱ホールの照明は埋め込みダウンライト 封じられた過去を掘り進めるのは驚きと発見の連続

5.石工関係

主柱に施された凹型テーパー 古典以来の手法 階段下の格子扉の枠に廻る撚った縄の装飾 撚った縄の装飾。足元は総となっている
会堂から列柱ホールの境にあるアーチの意匠 石工の意匠 
手すり壁とアーチの要石
柱の磨耗は
牛馬の手綱を結んだ跡かもしれない
入り口列柱の柱礎 石工の符号 柱の礎石に石工の符号がみつかった

6.アート(ドロテー・ゴルツ / Dorothee Golz)

祭壇ディテール 祭壇は信徒の集まる会堂に位置する 聖書朗読台ディテール
聖書朗読台は意識的に内陣に配された 両者は互いにつぶやきを交わすようだ

7.空間使用例

堅信式
教会庁から司教が来て典礼が行われる
初聖体拝領式 
子供たちが祭壇を囲って聖体を受ける
復活祭 
希望の灯りを配る子供たち

作図協力:

Arch. Dipl. Ing. Klaus Hagenauer
Christoph Pehnelt / 多田 将宏 - MkW エムカーヴェー一級建築士事務所

写真出典:

Klaus Costadedoi / 3.第五ならびに六段全四点
Joachim Keppelmueller / 1.下段全三点、5.第三段右二点
以外は教区および筆者のアーカイブ

三谷 克人 (みたに・かつひと)

1950年生まれ、建築家。京都大学建築系学科卒業後1979年にオーストリア渡航。ウィーン工科大学に在籍してウィーンの建築思潮研究、同時に実務を通じて当地の建築家の職能を習得。1992年コンペの一位入選を機に独立、建築と文化交流のスタジオ「TRANSPOLIS」設立。以降設計活動と共に文化交流に努める(「SD」誌 90/03 オーストリア特集、諸大学での講演などなど)。オーストリア建築家中央連合会会員。