研究室レポート003

東洋大学理工学部建築学科「住環境研究室」

篠崎正彦(東洋大学准教授)

研究室のテーマと方針

「住環境研究室」と固い名称がついているが普段はほとんど使われず、通称は「シノケン」あるいは「ザキケン」。あらたまっても「篠崎研」と呼ばれるのが普通。筆者の研究テーマが住宅や住宅地の建築計画であることから、とりあえずつけた名称である。

東洋大学建築学科では、3年後期から研究室に所属して卒業論文または卒業設計(どちらかを選択)に取り組む。筆者の研究室では8~9割の学生が卒業設計を選択している。3年後期はプレゼミと呼ばれ、学生と研究室のマッチング期間であり、4年になった時に研究室の変更も可能であるが、ほぼそのまま卒業に至る。学生数は年によって変わるが、1研究室あたり10人+α程度が各研究室に配属される。大学院まで含めると約30人の学生がいることになる。

研究室の学生には、筆者の研究テーマに近いテーマを取り上げてもらうとうれしい旨は伝えるが、各自でテーマを見つけてくるようにしているので住宅に限らずなかなか幅広いテーマが毎年あがってきて、こちらもずいぶん勉強させられる。指導教員がテーマを与え、それにそって研究を進める方が効率が良いのだろうが、せっかく4年間も大学にいたのだから最後くらいは、教員に言われたことではなく、自分なりのテーマを発見して取り組んでほしいと考えている。修士課程でも論文と設計を選択できるが、基本的に論文を選んでもらっている。学部の時に設計を取る学生がほとんどなので、大学院では論文という形式を体験する方が良いだろうという判断である。テーマの選択は学部の時と同じく、学生の自主性に任せている。

学生任せの部分が多いためか、学生に冗談半分で「本当に指導しない研究室ですね」と言われることもしばしば(指導教員は一応、指導しているつもりではあるが)。学生任せとはいっても、次の4点だけは気にかけてもらうような指導を心がけている。単に卒業に必要な単位を取るのではなく、何か大学ならではの自由に考え、調べ、方向性が見えない不安と格闘しつつ論文や設計作品という形にまとめ上げるということをして欲しいと願っているので。
(1)自分なりの視点を持つ:本に書いてあったり、ネットで見つけてきたりした情報をそのまま使うのではなく、自分の価値観やオリジナリティが何なのかを常に意識すること。
(2)自分の体感に背かない:20数年の人生で体験したことに限りはあるが、それでも初々しい感性がもたらすものに価値があると思う。
(3)社会の動きのなかで、自分のテーマを位置づける:社会との関係の中で自分の考えが鍛えられるし、結局、建築は社会の中で機能するものなので。
(4)境界線を引く時はよく注意する:先入観が思考の幅を狭めたり、思慮なしの人間関係の分断が出会う世界を限定したりしてしまうのではもったいない。

ゼミは、各自のテーマの進行状況を報告してもらい、それについて議論するというありきたりなやり方をしている。研究のフィールドをみんなで見に行ったり、旅行で見てきた建築のスライドショーをしたりすることもあるが、これも取り立てて変わったやり方はしていない。各自のテーマの議論に際しては、以前は、発表者ごとにコメンテータを指名して議論をさせようとしていたが、議論慣れしていない、議論の土台となる知識が足りないといったこともありなかなかうまくいかず今では止めている。その代わりに、発表者と私が質疑応答している間に、他の学生たちがその発表に対する考えをまとめてポストイットに意見を書かせ、発表者に手渡している。こうすると思いのほか、積極的に意見が出されるようになり、次善策ではあるがもうしばらくこのやり方を続けて効果を見てみよう。ゼミの後でそれぞれの方法で皆なからのコメントを整理してくれればと思っている。

計画されたものと計画されなかったもの

卒業研究のテーマを決めて、掘り下げていけと言ってもいきなりはできないので、プレゼミで研究室に配属されてから4年の前半ぐらいまでは、自分の研究テーマと並行して私の研究の手伝いもしてもらっている。これにより研究手法や視点の据え方、気をつけなければいけない点を学び、さらには、学生同士(同じ学年間や異なる学年間)で同じテーマに取り組むことで研究室のまとまりと継続性を少しでも出せればと考えている。

具体的には、集合住宅の住戸平面の変遷、郊外住宅地の変容と住環境の継承、建築家以外が手がけた建築の計画性などである。いずれも毎年の進捗は微々たるものだがまあ良しとしている。学生と一緒に研究をしていると気付かされることもいくつかある。そうした中で最近、気になっている事が2点ある。

一つは、当初に計画され予想されていた事と計画されてはいないが使われながらつけ足されてきた事の関係である。建築計画は、建築ができる前に要求された機能にあわせて最適化した建築を造るための技術体系であるが、一方で、建築を使う人たちが存分に建築を使いたおす事ができる余地(ムダ)を準備する行為でもある。この相反する目的をどう統合するかは以前から指摘されてはいたが、建築計画を見直す重要な視点であろうと考えている。二つ目は、格差が広がっていく社会において、今後ますます増えていくと予想される十分な手間暇をかけないで造られる建築をどうするかである。建築の長寿命化やストック活用が謳われてはいるが、格差社会ではそんなコストを払うことのできる割合がどんどん少なくなっていくのではないだろうか。造る時点では余裕がなかったり気がつかなかったりしても、より良く建築を使っていくための建築計画上の工夫を後付けで良いから入れていく方法をはないものだろうか。

50年経った郊外住宅地での様々な増改築のタイプの抽出(図版作成:熊井康博) ローコストの建築をアドホックに改変してきた横丁でのファサード分析
写真1 50年経った郊外住宅地での様々な増改築のタイプの抽出
(図版作成:熊井康博)
写真2 ローコストの建築をアドホックに改変してきた横丁でのファサード分析
(図版作成:赤岩駿也)

夏のベトナム調査

筆者が大学院の時にベトナム中部の港町ホイアンでまち並み保存調査に参加して以来、ベトナムとの関わりもいつの間にか20年を超えるまでになった。これまで、ホイアンまち並み調査以外にも、首都ハノイでの集合住宅の変遷、最大の経済都市ホーチミン市での市場などいくつかの現地調査を行ってきた。現地調査(フィールドワーク)はインタビュー、実測、行動観察といったオーソドックスな手法をとるが、いずれも学生の力がなくては成り立たない。貴重な夏休みを割いて自腹で調査に参加し、汗を拭き拭き作業してくれた歴代の学生たちにはひたすら感謝である。研究室の全員参加というわけではなく、興味のある学生が自主的に参加しており、他研究室の学生もウェルカムである。研究室という枠をかけて制限するより、オープンな体制で調査をした方が楽しいという単純な理由でもある。

昨年からハノイ近郊のドゥオンラム村という場所で調査を始めた。蒸暑地域でもエアコンなしで暮らし、家族・近隣とのつき合いも活発に行われている秘訣を探ろうというもので、バナキュラーな農家のある意味ではありふれた空間構成により作り出される微気候が、酷暑のベトナムでも過ごしやすい場所を作り出し、なおかつ、家族内や近隣とのコミュニケーションにも役立っているのではないかという仮説を検証しようとしている。建築計画と環境工学を融合した研究にできればという欲張りな意図も含んでいる。35℃を超える蒸し暑い気候の中、1日中、1軒の家に張りついてひたすら実測し、行動観察と温湿度測定をしている学生たちにも頭がさがるが、いきなりやってきた外国人を家の隅々まで案内し、お茶を飲め、ご飯も食べていけと歓待してくれる村の人たちには良い研究成果をお返しするほかないなと思わされる。

普段の授業では集中力も途切れがちな学生たちも、村の人たちの気持ちに打たれるのか、ひたすら生活を見つめることの面白さを発見するのか、一心不乱に調査を続けている。体調がおかしくなっても良いはずだが、気持ちが張り詰めているせいか、幸いにもこれまで大事に至った者はいない(もちろん、こちらも学生の体調管理には気を配っている)。現地での食事がおいしくて食べ過ぎたり、ビールを飲みすぎたりでお腹がゆるくなる学生が時々出るのはご愛嬌と見るべきか。

長いつき合いとなったホイアンではJICA草の根協力のプロジェクトとして、沖あいに浮かぶチャム島での漁村振興支援も今年末には始まる予定である。これまでベトナムで教えてもらったことを十分には現地に還元できてはいないと思うが、何かと声をかけてもらえるのはありがたい限りだ。ホイアンでは「越日文化交流祭」が毎年8月の満月と重なる時期に行われており、これにもできるだけ参加するようにしている。何か特別な日本文化を紹介する知識や技能があるわけではないので、子ども向けの縁日を開き、研究以外でも現地に少しでも役に立つことができればと考えている。

また、時間の都合がつく限り、ベトナムの近隣諸国にも寄って帰るようにしている。せっかく海外に来たのだからベトナムに限らずなるべく色々な物、色々な生活を見て帰って欲しいから。最初に多少のガイダンスはするが、あとは面白そうなものを見つけてきなさいと学生たちにとっては初めての国で放り出すのも彼らにとってはいい経験になるはずだと思い、続けている。ベトナム調査に限らず、篠崎研のイベントは現地集合・現地解散を基本にしており、ベトナムが初海外という学生も毎年いるが、それなりに新しい経験をし、楽しい思いをして帰ってきているようである。

写真3 ドゥオンラム村では街路に向けて閉鎖的な石塀が並ぶが、敷地内には開放的で親しみの持てる空間がある
写真3 ドゥオンラム村では街路に向けて閉鎖的な石塀が並ぶが、
敷地内には開放的で親しみの持てる空間がある
写真4 ドゥオンラム村の調査で、ひたすら実測する学生
写真4 ドゥオンラム村の調査で、ひたすら実測する学生
写真5 ホイアン「越日文化交流祭」では、押し寄せる子ども相手に大わらわの数時間
写真5 ホイアン「越日文化交流祭」では
押し寄せる子ども相手に大わらわの数時間
写真6 ベトナム調査帰りに、バンコク・クロントイスラムにある線路脇(線路上?)の木工工場街で
写真6 ベトナム調査帰りに
バンコク・クロントイスラムにある線路脇(線路上?)の木工工場街で

春の古建築見学旅行

2月か3月に古建築や集落を見て回る見学旅行も恒例になっている。いまの大学での建築教育では木造建築の面白さを知ったり歴史が育んできた古建築やバナキュラー建築の魅力を味わったりする機会が限られているのが残念と思い、始めた見学行である。関西方面が中心になるが、普段見る機会の少ない修復現場の見学もなるべく盛り込むようにしている。

これも、特に研究室メンバーに限らず興味ある人ならだれでも参加歓迎。他研究室の学生やまだ研究室に属していない下の学年の学生も多く参加してくれている。学生だけでなく、他の専任教員や設計製図を担当してもらっている非常勤講師も参加して、限られた時間ではあるがヨモヤマ道中で楽しく建築を見て回る。年度末の忙しい中にもかかわらず参加してくれる非常勤講師の方々には、これ幸いと現地での建築解説までお願いしてしまっている。普段の授業から離れて、建築の見方やその他さまざまな事を話すのも教員、学生双方にとって新しい発見がある。教員、学生とも何かと忙しくて授業時間以外のコミュニケーションが欠けがちになる中で貴重な機会となっている。

写真7 法隆寺講堂の屋根葺き替え工事現場にて、建築そのものより素屋根の構造に夢中になって写真を撮る 写真8 伊勢湾離島のバナキュラーな集落を見にいったにも関わらず、トタンやコンクリートブロックの現代的な小屋にばかり気を取られる
写真7 法隆寺講堂の屋根葺き替え工事現場にて、
建築そのものより素屋根の構造に夢中になって写真を撮る
写真8 伊勢湾離島のバナキュラーな集落を見にいったにも関わらず、
トタンやコンクリートブロックの現代的な小屋にばかり気を取られる

今後の課題

キャンパスのある川越市には蔵造りのまち並みとして知られる重伝建地区があり、地元市民によるまちづくり・保存活動も盛んに行われている。これまでは、地元の活動との連携が十分でないのは反省している。まずは、家屋実測のお手伝いなどから始めて活動を積み重ねていきたい。また、東洋大学建築学科には現在、建築史を担当する教員がいないので、埼玉県内にある大学として地元の歴史的建築の調査などもポツポツと入ってくる。専門外ではあるがなるべく引き受けるようにしている。2015年度と16年度は埼玉県が行っている近代和風建築調査に参加しており、地元貢献と同時に、学生にとっても実際の建築に触れて学ぶ貴重な機会になって欲しいと願っている。

バナキュラーな建築や伝統的な建築を調べていると建築計画だけでは分からないこと、手の届かないことが多く出てくる。建築の総合的な価値を見つけるためにも、環境、構造、生産などの研究室とそれぞれの分野の強みを消さないように気をつけながら連携していく方法を模索中である。ベトナム・ドゥオンラム村での調査が端緒になるかもしれない。

学生にとっては研究だけでなく、学んだ成果を実際の計画・設計の場で試してみることが手応えにつながると思うが、なかなかそのような機会を得られないのは残念である。現在、福島県内で震災により被災して間借りしている高齢者夫妻の住宅新築計画に外部の設計事務所と連携しながら取り組もうとしている。敷地候補が複数あり、東京で働いている息子世帯がUターンして同居する予定がありと条件が流動的なのが悩ましいが取り組みがいのある計画で楽しみにしている。

また、研究とは直接関係がないが、鈴木成文杯野球大会を復活させたいと考えている。鈴木成文先生を中心としたハウジングスタディグループの研究室が懇親のために始めたもので、もともとのメンバーの先生方もほぼ定年を迎えその後を継いだ研究室も加わって行っていたが、ここ数年はご無沙汰である。多くの大学の学生と交流する面白さを今の学生にも味わってほしい。

やりたいことばかりで、なかなか結果が伴わないことも多くあるが、自戒を込めつつ、手一杯でくじけないように着実に、でも楽しく、毎年加わってくる新しい学生とともに研究室を継続していきたい。

篠崎正彦(しのざき・まさひこ)

1968年東京都生まれ。建築計画・住居計画・環境行動研究。昭和女子大学短期大学部講師・准教授を経て、東洋大学理工学部准教授。主な著書に、『環境行動のデータファイル』『住むための建築計画』『第2版コンパクト建築設計資料集成<住居>』『ベトナム町並み観光ガイド』(いずれも共著)など。